ここまでは、私の子供時代から大人の入り口くらいの時代に接触した、歌詞のある《新童謡》だけを紹介してきました。しかし、じつは歌詞のない曲だけの音楽でも、心の奥底で鳴り響き続けているものがあります。
今回は『昭和百年・新日本童謡集』の【最終回】として、そんなインストゥルメンタル作品を紹介します。
私が中学から高校にかけた時期に、テレビでは「洋画」ブームが起こり、すっかり洋画に夢中になってしまいました。
淀川長治解説の『日曜洋画劇場』を初めとして、荻昌弘の『月曜ロードショー』、水野晴夫の『水曜ロードショー』などが次々に始まり、大量の洋画に触れられる環境ができました。小森のおばちゃまなんてのもいたっけ。
そこで知った外国映画の音楽の中にも、映画と共に夢中になったものがありました。今回は、そんな外国映画の音楽も紹介したいと思います。
『進め正太郎』[TV連続アニメ『鉄人28号』挿入歌](昭和38年・1963年)

作曲/越部信義
「みなさん、こんばんは。『鉄人28号』の時間です!」
このナレーションとともに「進め正太郎」の音楽が流れ、前回までのあらすじを紹介するというのが、毎回の番組の始まり方でした。わくわく感が最高に高まる瞬間で、この音楽は記憶の底に染み付いてしまっています。
TV『ウルトラQ』主題歌(昭和41年・1966年)

作曲/宮内國郎
『ウルトラQ』は、まずオープニング・タイトルから度肝を抜かれました! 不気味な音楽とともに、なんだかわからないうにゃうにゃした模様が回転して、最後に「ウルトラQ」というロゴになる、それまで見たことのないものでした。
事件が起き始めていることを告げるドキュメンタリータッチの映像で始まり、そしてあのナレーションが流れます!
そうです。ここはすべてのバランスが崩れた、恐るべき世界なのです。これから30分、あなたの眼はあなたの体をはなれて、この不思議な時間の中に入っていくのです。(ナレーション/石坂浩二)
この不思議な時間の中に入っちゃうと、たとえションベンがもよおしても、CMになるまで我慢して見続けなければなりません! ハラハラ・ドキドキの、幸せな30分間でした。
特撮の円谷英二という名を記憶に刻み込んだ、記念碑的な作品でした。
『科学特捜隊の歌』[TV『ウルトラマン』挿入歌](昭和41年・1966年)


作曲/宮内國郎
空想特撮シリーズの『ウルトラマン』は、1966年7月17日から1967年4月9日まで、TBS系列で全39話が放送されました。
前作『ウルトラQ』との大きな違いは、宇宙人巨大ヒーローと科学特捜隊という怪獣退治の専門家チームが登場することです。
マンガ家の鳥山 明も『ウルトラマン』に影響を受けた世代と見えて、出世作の『Dr.スランプ』でも、ペンギン村にデフォルメされたウルトラマンが顔を出したり、科特隊のユニフォーム姿のアラレちゃんが扉を飾ったこともありました。

科特隊ユニフォーム姿のアラレちゃん
嬉しかったのは、庵野秀明がVFXを駆使した映画『シン・ウルトラマン』を公開してくれたことです。ポスターを見れば、庵野監督が元祖『ウルトラマン』をいかにリストペクトしているかがわかります。

ポスターデザインが、まんま、『ウルトラマン』です。
『メーサー殺獣光線砲車出撃マーチ』[東宝映画『サンダ対ガイラ』挿入曲](昭和41年・1966年)

作曲/伊福部 昭
この曲は、東宝映画『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』の中で使用された挿入曲です。『ゴジラ』(昭和29年・1954年)の音楽を担当した、特撮映画音楽のフロンティアである伊福部 昭が作曲しました。彼は映画全体の音楽も担当しています。
私は『メーサー殺獣光線砲車出撃マーチ』と呼んでいますが、正式名称は『L 作戦マーチ』というようです。
「L 作戦」とは、海から羽田空港に上陸して来た人食い怪獣ガイラを退治するために、東宝自衛隊が実行した殺人光線と高圧電流による攻撃作戦です。
殺人光線を巨大なパラボラ型の砲塔から発射するのがメーサー光線砲車であり、自走式ではないので牽引車に引かれて移動します。2台が共同で作戦行動に当たりました。
蛇が鎌首をもたげるようにして発射体制に入り、指向性の高い熱線を発射します。熱線がそれて、周りの樹木にあたってなぎたおす様子まで、精細な特撮で描かれています。
それと同時に、ガイラを河の中におびき寄せて高圧電流を流して攻撃するため、あらかじめ東宝自衛隊員たちが太いコードの付いた大きな電極を、河の中に投げこんでおきます。
これら東宝自衛隊の行動場面で頻繁に流されたのが『L 作戦マーチ』でした。勇壮なマーチは、映画を見たものに強い印象を残しました。
『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』東宝(昭和41年・1966年)予告編

『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』は、東宝系で1966年7月31日に封切られました。監督は本多猪四郎、特技監督は円谷英二という、『ゴジラ』コンビによる作品です。
『ウルトラ警備隊の歌』[TV『ウルトラセブン』挿入歌](昭和42年・1967年)

作曲/冬木 透
『ウルトラセブン』では、『ウルトラマン』の巨大ヒーロー物という設定を受け継ぐとともに、装備が一段とグレードアップした地球防衛軍極東基地の特別精鋭部隊であるウルトラ警備隊が登場します。
地球防衛軍極東基地は富士山麓の地下深くにあり、主力兵器であるウルトラホーク1号、2号、3号も基地付属の格納庫で常時待機しています。

ウルトラホーク1号に出撃命令が下ると隊員が乗り込み、地下格納庫からエレベーターフロアまで4つのゲートをくぐって運ばれ、そこからエレベータで地上の発進フロアまで上げられます。この時流れる音楽が『ウルトラ警備隊の歌』です。
それにかぶせて、管制室から「Fourth gate open! Fourth gate open!」(第4格納扉開放!)の声とともに様々な指示が飛びます。この声は満田 穧監督みずから吹き込んだもので、これがあるおかげで臨場感たっぷりのシーンになっています。
富士山南西斜面の双子山に発進ゲートはカムフラージュされており、山体の一部がスライドしてゲートが開放されると、ウルトラホーク1号が飛び出していきます。
ウルトラホーク1号は戦闘・爆撃・偵察・哨戒の目的で開発された多目的大型軍用機であり、状況に応じて、α 号、β 号、γ 号の3機に分離して戦うことが出来ます。
実は前番組のTBSウルトラシリーズ第3弾『キャプテン・ウルトラ』(1967年4月16日から9月24日放映)で、東映特撮によるシュピーゲル号が1号機から3号機まで分離して戦う「D3作戦」というのをやっていて、アイデア的には2番煎じ感があったのですが、特撮表現の精緻さではさすが円谷プロという出来栄えだったと思います。
私的には『キャプテン・ウルトラ』のアカネ隊員も捨てがたかったのですが、アンヌ隊員の登場によって想いは更新されて行きました。

ウルトラホーク2号は宇宙空間での作戦行動用ロケットで、偵察・戦闘を任務としています。
地下の専用サイトに格納待機しており、出撃命令が下ると共に伸縮式通路が伸びて2号の入り口にドッキングして隊員が乗り込むと、発進ゲート直下までサイト自体が移動していきます。

ウルトラホーク3号は、垂直離着陸が可能なジェット推進エンジン搭載の偵察・戦闘用機です。出撃命令と共に隊員が乗り込んで、1号機脇にある待機フロアから2つのゲートをくぐって発進口のあるフロアまで移動していきます。発進口は人口の滝によって偽装されており、滝を突き破るようにして発進します。

ハイドランジャーは主力攻撃型潜航艇で、地下深部にある専用ドッグにHR-1とHR‐2の同型艦が2隻、格納されています。専用水路が整備されており、そこを通って作戦海域に出るようになっています。最短距離にある海域は駿河湾もしくは相模湾なので、出入り口はそこにあると思われます。

ポインターはウルトラ警備隊の戦闘・パトロール用ビハイクルで、最もよく活躍します。極東基地から全国に通じるシークレットロードを通って出動します。
ジェリー・アンダーソン製作のSF人形劇『サンダーバード』が、NHKテレビで1966年4月10日から1967年4月2日まで放送されましたが、SFメカのオンパレードだったのに影響を受け、『ウルトラセブン』では地球防衛軍の装備として多彩なメカ群が用意されました。
交響詩『ウルトラセブン』第三楽章「ウルトラホーク発進」(昭和54年・1979年)

作曲/冬木 透 指揮/小松一彦 演奏/東京交響楽団
『交響詩「ウルトラマン」』と『交響詩『ウルトラセブン」』は、それぞれのテーマソングと劇伴音楽を担当した宮内國郎と冬木 透がオーケストラのために作曲したもので、ウルトラファンへの最高のプレゼントでした!
ウルトラセブンの音楽は、「宇宙の広がりというのは、テレビのフレームでは表現できないから、音楽で表現してほしい。子どもの耳にためになる壮大な音楽を作れ」と監督・円谷一からの注文を作曲家・冬木透が受けて、キャラクターに特定の楽器を当てるライトモティーフの手法が取られており、クラシックの技法を重視して子どもの音楽性が育つよう和声感覚を重視した曲が作曲された。
「交響詩ウルトラセブン」は「ウルトラセブン」放送開始12年後の1979年にLPレコードの企画アルバムとして「ウルトラセブン」に使われた曲を選曲し、5楽章の交響詩として楽器の編成を大きくフル編成のオーケストラに再構築し、「交響詩ウルトラマン」とのカップリングで発売された。
(C)円谷プロ
NIPPON COLUMBIA CO.,LTD.
シューマン『ピアノ協奏曲 イ短調 作品54』カラヤン/指揮、リパッティ/ピアノ独奏[『ウルトラセブン』第49話「史上最大の侵略」後編(最終回)挿入曲]

『ピアノ協奏曲 イ短調 作品54』シューマン/作曲、カラヤン/指揮、リパッティ/ピアノ独奏
『ウルトラセブン』の最終話「史上最大の侵略」は前後編で描かれ、最終回の第49話では、長い間の地球上の戦いに疲弊したウルトラセブンは、M78星雲へと帰還して行きます。
駈けつけたアンヌに、モロボシ・ダンは、とうとう自分の秘密を告白することになります。
「アンヌ……僕は、僕はね、人間じゃないんだよ。M78星雲から来たウルトラセブンなんだ」
その瞬間、劇的な音楽と共に、背景がまばゆい光のきらめきへと転換します。鮮烈な映像と一緒にその時流れたクラシックっぽい音楽が長く記憶に残っていました。その曲がシューマンの『ピアノ協奏曲 イ短調 作品54』だと知ったのは、だいぶ後になってからのことでした。
満田 穧監督は、このシーンに絶対使いたいと思っていたピアノ音楽があったそうです。それはラフマニノフのピアノコンチェルトだと思いこんでいたのですが、ダビングの時に音楽担当の冬木 透にレコードを持って来てもらって聞いたら、自分の頭の中にあるメロディとは全然違っていました。
そこで冬木が何枚か持って来ていたレコードの中から選んで決めたのが、シューマンの『ピアノ協奏曲 イ短調 作品54』だったということです。
この話は『ウルトラセブン SFヒーローのすばらしき世界』(ファンタスティック・コレクションNo.19、朝日ソノラマ、昭和58年12月1日発行)に、満田監督自らが「制作裏話」として書いています。

『七人の侍』(昭和29年・1954年4月26日封切)

作曲/早坂文雄
黒沢明監督の映画『七人の侍』は、チャンバラ映画の勧善懲悪の予定調和的なストーリーや型にこだわった殺陣を否定して、リアリズムに徹して作り上げた時代劇の傑作です。
映画の面白さが目いっぱいに詰め込まれていて、白黒だとかカラーだとか、スタンダードだとかシネスコサイズだとかを忘れて、3時間27分という長い上映時間ながら最後まで夢中で見てしまいます。
映画は登場人物の着物や髪型、食料や食器、農具や家屋構造など、できる限りの時代考証を尽して製作されました。村の地形や家屋の配置が綿密に設計され、それを活かした侍たちの戦略や戦術が克明に描き出されています。

『七人の侍』は、映画のために資料を調べているうちに、ある村が野武士の襲撃を防ぐために侍を雇って、その村だけが助かったという記録が出て来て、その話を中心にして脚本を書き始めたということです。
時は戦国時代。
収穫のたびに野武士に襲われる村の百姓たちは、自分たちの身を守るために「侍を雇う」という賭けに出ます。村人たちの代表として、茂助(小杉義男)、与平(左 卜全)、利吉(土屋嘉男)の三人組が宿場町に出て、引き受けてくれそうな侍探しが始まります。
報酬は「米の飯を腹いっぱい食わせる」というだけの、生死を掛ける仕事にしてはおよそ割に合わないわずかなものでしたが、そんな過酷な条件に応じたのは、百姓の苦衷に同情したリーダーの勘兵衛をはじめ、生まれも育ちも生き様も違う七人の侍たちでした。
島田勘兵衛(志村 喬)は、リーダーにふさわしく冷静沈着で、落城経験を持つ戦の酸いも甘いも噛み分けた知将です。盗人に子どもをさらわれた百姓夫婦のために、勘兵衛は坊主に髪を下ろしてもらって僧に扮し、盗人に握り飯を届けます。彼は盗人の隙を見て突入すると、盗人を斬り捨て子どもを奪い返してしまいます。それを見ていた百姓三人組は、勘兵衛ならば野武士たちと戦えると確信し、事情を話して頼み込みます。最初は断っていた勘兵衛でしたが、自分には白い飯を食べさせながら百姓たちは稗飯を食べていたことを知り、「この飯、おろそかには食わんぞ」と言って引き受けます。40人の野武士を相手に戦うためには、少なくとも侍は七人は必要との目算のもとに、大通りで侍探しを始めます。
岡本勝四郎(木村 功)は、育ちの良い若侍で、みんなから子ども扱いされるので、いつも腹を立てています。勘兵衛の鮮やかな子供奪還作戦を目撃したことから、すっかり勘兵衛に心酔してしまい、弟子になろうとついて行きます。
菊千代(三船敏郎)は、性格が粗暴で、異様に長い太刀を持っており、侍を自称するが実は百姓出身。勝四郎と一緒に勘兵衛の子共奪還作戦を見て、彼もまた勘兵衛に心服して弟子になろうとするのですが、根っからの口下手で思いがうまく伝えられず、勘兵衛からは無視されてしまいます。
勘兵衛たちの宿泊している宿に泥酔して現れ、自分が武士であることを証明するために家系図の巻物を見せますが、「この菊千代というのがお前か? ハハハハ、おぬし十三歳には見えぬが。……この系図、どこで盗んだ?」と嘘を見破られ、みんなから笑い者にされます。仲間には入れてもらえず、六人からは少し遅れて、百姓たちの村までついていくのですが、或る事件を起こして、それ以後、みんなから菊千代と呼ばれることになります。
片山五郎兵衛(稲葉義男)は、柔和な人柄ですが、戦術眼に優れた凄腕。勘兵衛が見込んで百姓に宿まで連れて来させた人物です。勘兵衛は奥の上がり框に正座して待っていて、勝四郎を入り口の壁に隠れさせ、五郎兵衛が入ってきたら思い切り棒切れで一撃するように命じます。五郎兵衛は入り口まで来ますが、中の気配を察して「ハハハハ、ご冗談を」と言って立ち止まってしまいます。五郎兵衛はこの試験に合格して、仲間となります。
実は、この場面、2003年のNHK大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』の第1回で、そっくりな場面が出て来ます。私は見ていて、「なんじゃこりゃあ! 『七人の侍』じゃねえか!」とひっくり返ったのをおぼえています。ひっくり返ったのは本当ですが、私が酔っていたせいもあるかも知れません。
その後、訴訟沙汰になったようですが、著作権侵害には当たらないとして、裁判所は原告側の請求を棄却しています。私も、このドラマ自体のレベルが知れたので、試聴することを「棄却」して、それ以降見るのをやめました。
七郎次(加東大介)は、勘兵衛の昔の落城仲間で信頼が厚く、「わしの古女房」とみんなに紹介されます。兵站や組織作りで、勘兵衛の右腕として働きます。

『七人の侍』シナリオより
林田平八(千秋 実)は、腕はそこそこですが、明るさで周囲を鼓舞するムードメーカー。
上の方に〇が六つ、中に△、一番下に「た」と書いた侍たちの旗印を作ったのが彼です。
六つの〇が侍たち、「た」は「田」のことで百姓たち、真ん中にある△は菊千代だと解説し、みんなの笑いを誘いますが、菊千代だけはくさってしまいます。
久蔵(宮口精二)は、己を律し、剣の技を磨くことのみにこだわる孤高の剣客。河原で決闘し、相手を斬るところを勘兵衛が見て野武士との戦に誘うが、すぐにうんとは言いませんでした。その夜、勘兵衛が宿泊している木賃宿に立ち現れ、仲間に加わります。
じつは、平八が作った侍の旗印にこそ、映画『七人の侍』の本質が表されているといっていいでしょう。
これは、侍と百姓という本来交わる筈がない生まれ育ちの者たちが、△つまり百姓上がりの侍である菊千代を仲立ちとして、お互いを理解し合い、一致団結して野武士の大軍に立ち向かう物語なのです。侍の旗は、それを表すいわば「マインドマップ」です。
侍たちが村に着いたのはいいのですが、村人たちはだれ一人出て来ません。仕方なく、利吉が六人を村の長老である儀作のいる水車小屋へ連れて行きます。
「百姓は、雨が降っても、陽が照っても、風が吹いても、心配ばかしだで。ビクビクするより能がねえ」と儀作。
重苦しい空気が流れた時、突如、けたたましく板木が叩かれる音が村中に鳴り響きます。すると、隠れていた百姓たちが、悲鳴を上げながら一斉に飛び出して来ます。野武士が来たかと思ったら、それは菊千代の仕業でした。偽計を用いて、百姓たち全員を集めたのです。「爺い!なんか文句あるのか?!」という菊千代に、儀作は「うんにゃ、これでええ!」と答えます。
「馬鹿と鋏は使い様で切れるか。これで、七人揃いましたな」と平八。
翌日から、侍たちによって、百姓たちの戦闘訓練が始まります。それぞれが持ち場ごとに、百姓たちに竹槍で敵を突く訓練をしたり、戦いに臨んでの心構えを説いたり、陣地化の準備をしたりする横を、勘兵衛と五郎兵衛は、村中の地形を実地検分しながら、戦術を練って歩きます。
利吉の家を本部にして、勘兵衛、五郎兵衛、平八、久蔵、七郎次が地図を囲んでいると、そこへ菊千代が入って来ます。見ると、菊千代は鎧具足を身につけて、担いだ長い槍の穂先にさらに一領の鎧具足をぶら下げており、続いて入って来た与平と万造も、槍やら弓やら矢を目いっぱい背負っています。
勘兵衛が「なんだ、これは?」と聞くと、「落ち武者狩りの獲物よ」と菊千代が答えるのを聞いて、侍たちが皆色めき立ちます。
「貴様ッ、それでも侍か!」と七郎次。
「まあよい。落ち武者になって竹槍に追われた者でなければ、この気持はわからん」と勘兵衛。
「俺は、この村の奴らが斬りたくなった!」と久蔵が言います。
そんな彼らを菊千代が「ハハハハ、こいつァ、いいや」とせせら笑うのを、侍たちはギョッとして見つめます。「お前達、一体百姓を何だと思っていたんだ、仏様だとでも思ってたのかっ」
「米や麦を出せと言えば、何もかもないと言う。ところが、ある所には何でもあるんだ。瓶に入った米、塩、豆、鮭、何でも出て来る!」「正直面して、ペコペコ頭を下げて、嘘をつく、なんでもごまかす。どっかで戦があれば、すぐに竹槍作って、落ち武者狩りだ。百姓ってのは、けちんぼで、ずるくて、泣虫で、意地悪で、間抜けで、人殺しだア!!」と菊千代が言います。
「でも、そんなけち臭いけだものを作ったのは、お前達侍だ! 戦の度に、村は焼く、田畑踏みつぶす、食い物は取り上げる、人夫にこき使う、女はあさる、手向かえば殺す、百姓はどうすりゃいいんだ」
地団太を踏んで叫ぶ菊千代を見て、勘兵衛が静かに尋ねます。
「貴様、百姓の生まれだな?」
侍たちは、菊千代の叫びに、身分意識とともに密かに抱いていた理想主義が打ち砕かれて、少しずつ自己と百姓たちの在り方を見直していきます。
映画の後半は、全編が野武士と侍・百姓連合軍との凄まじい戦いの連続で、特に豪雨の中での決戦は、『七人の侍』といえば必ず語られる忘れがたい名場面となっています。
このシーンを撮影したのが2月という冬の真っただ中で、泥が凍ってしまったので、解かすためにホースで水をじゃんじゃんかけたところが、あのもの凄い泥だらけのシーンになってしまったのだそうです。
『荒野の七人 The Magnificent Seven』(昭和35年・1960年)

作曲/エルマー・バーンスタイン
ジョン・スタ-ジェス監督の『荒野の七人』(1961年5月3日封切)は、黒沢明監督の『七人の侍』の再映画化権を取得して製作された、アメリカ製の由緒正しい西部劇です。
日本の時代劇を西部劇に移植するにあたっては、『七人の侍』そのままとは行かなかったようで、登場人物のキャラクターやストーリーがだいぶ変えられています。

志村喬が演じた侍たちのリーダー勘兵衛にあたるのが、ユル・ブリンナーが演じた腕利きのガンマンのクリスです。野盗に村を狙われた農夫たちに村の用心棒を頼まれて、ほかに6人のガンマンをスカウトすることになります。
最初に仲間入りするのがスティーブ・マックィーン演ずるヴィンですが、これは厳密には『七人の侍』には該当する者がいません。稲葉義男の五郎兵衛と加東大介の七郎次を合わせたような『荒野の七人』独自のキャラクターと言っていいと思います。
三船敏郎が演じた菊千代と木村功が演じた勝四郎をミックスしたような登場人物が、 ホルスト・ブッフホルツ演じるチコです。クリスに認めてもらえず、6人が村へ向かう道を遅れてついて行ったり、警戒してガンマンたちを迎えに出て来ない村人たちを、教会の鐘を鳴らして集めるところは菊千代ですが、勝四郎のように村の娘と恋に落ちたりもします。
ほかに、千秋実の平八に相当するチャールズ・ブロンソンのオライリーや、宮口精二の久蔵に相当するジェームズ・コバーンのブリット、該当する人物のいない ブラッド・デクスターのハリー、 ロバート・ヴォーンのリーがいます。
これで七人!
登場人物のエピソードやストーリーは、『七人の侍』をいったんバラバラにして再構成していると考えていいと思います。
音楽を担当したエルマー・バーンスタインも、『七人の侍』の早坂文雄の音楽を研究し、そのエッセンスをつかんだうえで、ウェスタンにふさわしいアレンジを加えたそうです。
黒澤明と宮崎駿の対談集『何が映画か』(徳間書店、1993年8月31日発行)を読むと、黒澤は「リメイクというのは、成功したためしがない」と言っており、宮崎駿は「白人のガンマンと、メキシコ人を百姓にした設定は、最低だった」「異民族というのは問題がある」と批判しています。それに対して黒澤も「あれは騎兵隊の退役したのが守ったというのならわかるが、ガンマンはガンマンなんで、野伏と同じだ」と答えて、宮崎駿の意見を肯定しています。
私も、農夫たちに裏切り者が出て、七人のガンマンが拳銃やライフルなどの武器を野盗に取り上げられ、村落外まで立ち退かされて、そこで武器をまた返されるというストーリーには「なんだかなあ」といかにも作り物めいた安易な展開が疑問でした。
それから七人のガンマンたちの逆襲が始まるわけですが、黒澤明が『七人の侍』で苦心したリアリズムというものが全く理解されていないようで、このストーリーにはがっかりでした。
『大脱走マーチ』[映画『大脱走 The Great Escape』主題歌](昭和38年・1963年)

作曲/エルマー・バーンスタイン
『大脱走』は、ここ二十数年間、私が年に3回は見る映画の一つです。もちろん、DVDでですが。
2013年に、製作50周年記念として4Kデジタルのブルーレイ版が出たのには感激しました。テレビで放送されるのを見るたびに、映像がボケボケなのが気になるようになっていました。そこにこの快挙です! 見たことないようなはっきりくっきりの映像で、心ゆくまで堪能しました。
戦争映画では、決死隊やら特攻隊やらしか知らなかった私が、なるほど、世界には「脱走」とか「レジスタンス」といった戦い方があるんだなと、初めて知った映画でした。
『大脱走』は、ドイツ軍の捕虜になったイギリス空軍やアメリカ空軍の連中が、脱走絶対不可能という収容所から、250名の大脱走を謀った第二次大戦の実話に基づく戦争映画です。とはいえ、そういう脱走計画があったということが事実なだけで、映画で描かれたそれぞれの脱走場面はほとんどフィクションといってよく、それだからこそこの痛快な脱走映画ができたともいえます。

オートバイで逃げた奴なんて、実際にはいなかったしね。しかし、スティーブ・マックィーンによるオートバイでの逃走シーンがあるからこそ、『大脱走』という映画は伝説的作品として記憶に残っています。
主な登場人物を次に紹介しておきます。
ロジャー・バートレット(リチャード・アッテンボロー)は捕虜収容所内で結成されたイギリス空軍の脱走組織のリーダーで、通称「ビッグX」と呼ばれています。冷静沈着に計画を指揮して、脱走の実施まで漕ぎつけますが、脱走後、ゲシュタポに捕えられて機関銃で殺害されてしまいます。
ちなみに手塚治虫は、この名称をパクって『ビッグ X』(『少年ブック』集英社・1963年)というタイトルのマンガを描いています。
バージル・ヒルツ(スティーブ・マックィーン)は、アメリカ空軍の一匹狼で、イギリス空軍の脱走計画には加わらず、相棒のアイブスと簡単なトンネルを掘って脱走を繰り返しますが、収容所の所長に逆らったり脱走に失敗するたびに懲罰房行きとなって「独房王」と呼ばれます。
「トム」がドイツ兵に発見されてしまい、アイブスが精神的限界に来て鉄条網を這いあがって逃げようとするのを監視塔から機関銃で射殺されると、それをきっかけにイギリス軍に協力するようになります。
ドイツ軍から奪った軍用バイクでの逃走劇はいまや伝説となっています。しかし、最後は鉄条網にバイクごと突っ込んで、収容所へと逆戻りするハメになります。
ヘンドリー(ジェームズ・ガーナー)はアメリカ人ですが、イギリス軍の脱走計画に協力しており、そこでの役割は「調達屋」です。脱走計画に必要なものは、巧みな心理操作でドイツ兵から何でも盗み出します。
脱走後は、コリンと共に奪ったドイツ軍の飛行機で国境を越えようとしますが、エンジン不調で不時着して捕まってしまいます。
コリン・ブライス(ドナルド・プレザンス)は「偽造屋」で、250名分の精巧な偽造パスポートを作成する職人です。目を悪くしてほとんど見えなくなってしまい、ロジャーが脱走は無理だと止めますが、ヘンドリーが責任を持つということで脱走はしたものの、奪った飛行機が不時着後、ドイツ兵に狙撃されて死亡してしまいます。
ダニー(チャールズ・ブロンソン)は「トンネル王」で、閉所恐怖症に耐えながらウィリーとともに脱走用のトンネルを掘り続けます。彼にとって、「トム」は17番目のトンネルでした。
脱走後は、ウィリーと小舟で川を下り、外国行きの船に乗り移って逃亡に成功します。
セジウィック(ジェームズ・コバーン)は「製造屋」で、トンネルへの送風機など、なんでも作るのが役割です。脱走後は、盗んだ自転車の後部に何が入っているやら分からない大きなトランクを載っけて、飄々と逃げる姿が秀逸でした。レジスタンスに助けられて、無事に国境を越えることになります。
アシュレー(デヴィッド・マッカラム)は「土処理屋」で、トンネルを掘削して出た土の処理方法を考え出しました。脱走後に、アシュレーが駅で列車を待っていると、ゲシュタポのクーンが乗降客を見張っていて、検問を受けているロジャーに気が付いたのを見て、クーンに飛びかかるとホームを駈けて逃げ出し、自分に注意を引き付けてロジャーを無事に逃がしますが、銃撃されて線路上に転がり落ちてそのまま絶命します。
逃げたり、ドイツ軍の練習機を奪って空から国境を越えようとしたり、列車で逃げる者、自転車に乗って逃げる者と、様々な脱走スタイルが描かれます。
『荒野の七人』では残念無念だったジョン・スタ-ジェス監督ですが、『大脱走』では、戦争映画でありながら戦闘場面がまったく無いにもかかわらず、息をつかせないほど豊富な見せ場が作られていて、映画の面白さを存分に味わうことができました。
『荒野の七人』よりも『大脱走』の方が、その作り方からするとむしろ『七人の侍』的であったと思います。
『さすらいの口笛』[映画『荒野の用心棒 Per un pugno di dollari』主題歌](昭和40年・1965年)

作曲/エンニオ・モリコーネ
セルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』は、そのタイトルからも察せられる通り、黒沢明監督の『用心棒』(1961年)の設定をパクッて作られたマカロニ・ウェスタンです。
こちらは『荒野の七人』とは違って、再映画化権を取得しないまま製作されたため、後に裁判沙汰になって東宝側が勝訴しています。
その後、『黄金の七人』とか『宇宙の七人』とか、似たようなタイトルの映画がたくさん作られましたが、それぞれの内容がどうだったかまでは確認しきれていません。
『荒野の用心棒』は、昔見たきりビデオも持っておらず、あまりテレビの洋画劇場でも放送されないため、内容はほぼ忘れてしまっています。それでも記憶に残っているのが、アイヌのムックリのような弦音楽で始まる、このエンニオ・モリコーネのユニークな主題曲です。
『荒野の用心棒』と『夕陽のガンマン』で、クリント・イーストウッドとマカロニ・ウェスタンを知りました。
あとから、クリント・イーストウッドはテレビの連続西部劇『ローハイド』に出演していたことを知って、「そうであったか!」と納得しました。
『怒りの荒野 I giorni dell’ira』(昭和42年・1967年)

作曲/リズ・オルトラーニ
マカロニ・ウエスタンといえば、クリント・イーストウッドと並んで有名なのがジュリア―ノ・ジェンマです。当時は、彼の名前を冠したスクーターが売り出されたりしていました。代表作は『荒野の一ドル銀貨』『夕陽の用心棒』とこの『怒りの荒野』があげられます。
『夕陽の用心棒』なんて、タイトル読んだだけで失笑してしまいますが、しかし、これぞマカロニ・ウエスタン! タイトルごときにこだわってはいられません。
『荒野の一ドル銀貨』はよくテレビで放送されますが、『怒りの荒野』の方はなかなか見る機会に恵まれません。なので、こちらもストーリーとかはほとんど忘れてしまっていますが、リズ・オルトラーニの主題歌だけが鮮烈に脳裏に焼きついています。
『【必殺シリーズ】メインテーマ』[TV『必殺仕事人』挿入曲](昭和54年・1979年)

「必殺シリーズ」通算600回記念作品
作曲/平尾昌晃
池波正太郎原作の『必殺仕掛人』(1972年)から始まった「必殺シリーズ」ですが、第2作『必殺仕置人』(1973年)に藤田まこと演じる中村主水が登場すると、この「婿殿」が嫁姑にいびられる姿が視聴者の心に刺さり、後にレギュラー出演するようになってからは人気が爆発しました。
第3作『助け人走る』(1973年)、第4作『暗闇仕留人』、第7作『必殺仕業人』、第8作『必殺からくり人』、第15作『必殺仕事人』と続き、なんと第30作の『必殺仕事人・激突!』まで続きます。その後も実はまだ続くのですが、私の中では中村主水が主役の座から降りた時点で、必殺シリーズは終わっています。
個人的に好きなのは、「なりませぬ」の妙心尼(三島ゆり子)が登場する第4作『暗闇仕留人』(1974年)です。石屋の大吉との色ごとが始まると、「なりませぬ、なりませぬ」とはじめは拒絶しているかの如くだったのが、しまいには「やめては、……なりませぬ」となるのがルーティンでした。この場面が始まると、「待ってました!」の爆笑タイムでした。
「必殺シリーズ」はどの作品もみんな好きですが、ここでは代表して『必殺仕事人』を取り上げたいと思います。
仕事人たちは、中村主水を除けば、みな表稼業ではなにがしかの職人というプロフェッショナルとしての顔を持っています。裏稼業では、「殺しの職人」として、簪で首根っこを突き刺して仕留めたり、三味線の糸で絞首刑にしたりと、それぞれの必殺技を披露するのが見どころでした。このプロフェッショナリズムが、架空の世界観でありながら、颯爽とした印象を与えていました。
中村主水だけは、西奉行所に奉職している同心なのですが、仕事のできない「昼行燈」と呼ばれて、上司や同僚から見くびられています。それを隠蓑にして、裏稼業の方で実力を発揮するところに、公正に個人の仕事を評価できない日本型組織への批判が込められていると捉えることができるでしょう。
また、中村主水は、中村家の入り婿であり、「せん」といううるさ型の姑と妻の「りつ」という「戦慄」コンビに、子種の無い種なしかぼちゃと呼ばれて、毎回手ひどくいじめられるのもマゾヒスティックなおかしさがありました。最初の頃のこの二人は、本当に怖かったな。
主題曲のトランペットが、いきなりマカロニ・ウェスタン風です。
「必殺シリーズ」の音楽的特徴をひとことで言い表すと、「演歌」と「ウェスタン」のフュージョン(融合)です。第1作の『必殺仕掛人』のエンディング・テーマ、山下雄三の『荒野の果てに』を聞いた時から、それは明らかでした。
そういえば、「フュージョン・ミュージック」が流行したのは、まさにこの頃でした。そもそもはジャズ・フュージョンから始まったのですが、その後はいろいろなミュージック要素のフュージョンが実験され、「必殺シリーズ」において、平尾昌晃による「演歌ウェスタン」(ミロ命名)が誕生したのは画期的なことでした。
「必殺シリーズ」では、シチュエーションや登場人物ごとにそれぞれの「テーマ」曲が与えられて、ドラマを盛り上げていました。その曲調はすべて「演歌ウェスタン」と言っていいでしょう。
そのうちの代表的なものを次に紹介します。
『【必殺シリーズ】出陣のテーマ』[TV『必殺仕事人』挿入曲](昭和54年・1979年)
作曲/平尾昌晃
仕事人たちが「仕事」(殺し)に「出陣」する時に流されるテーマ曲です。「お待ちどおさま! 始まるよ!」ってなもんです。
『【必殺シリーズ】殺しのテーマ』[TV『必殺仕事人』挿入曲](昭和54年・1979年)
作曲/平尾昌晃
仕事人たちが、それぞれの得意技で「仕事」にかかる時に流れる曲です。
『【必殺シリーズ】中村主水のテーマ』[TV『必殺仕事人』ほか挿入曲](昭和54年・1979年)

作曲/平尾昌晃
八丁堀同心にして仕事人の中村主水の「仕事」が始まる時に流れるのが、『中村主水のテーマ』です。哀愁を湛えながらも不退転の「殺し」に向かう、中村主水の淡々とした心意気が表現されています。
1分とか5分とか、安すぎる仕事料の時でも、依頼者の恨みつらみを身に引き受けて、相手がどんな権力者であっても決然と殺します。そんな時は、殺しの現場に千両箱が積み上がっていて、小判がぶちまけられることもよくありますが、それに手を出すことは決してありません。それが殺しのプロフェッショナルとしての矜持なのでしょう。
『ワルキューレの騎行』[映画『地獄の黙示録 Apocalypse Now』挿入曲](昭和54年・1979年)

私が初めて買ったクラシック音楽のレコードがワーグナーの『ワルキューレの騎行』でした。フランシス・コッポラ監督の映画『地獄の黙示録』(1979年)で、はじめてこの曲を知りました。
この1曲ですっかりワーグナーに夢中になり、『ワルキューレの騎行』もその一部である組曲『二-ベルングの指輪』や『さまよえるオランダ人』、『トリスタンとイゾルデ』などを次々に漁って行きました。
ワーグナーに心酔した狂王を描いた、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画『ルートヴィヒ 神々の黄昏』(1972年)も、これがきっかけとなってテレビの洋画劇場で見ました。

空飛ぶ駿馬に乗り、ワルキューレ(戦乙女)たちは山頂に集結します。ワルキューレは、神々の長ヴォータンと人間の間に生まれた13人の半神半人の娘たちです。
彼女たちは、さまざまな戦場から集めた戦死者たちを伴い、ヴァルハラ(北欧神話に登場する戦死者の館で、最高神オーディンの居所)へ戻ろうとしています。ヴォータンは、世界中の戦死した勇者たちをヴァルハラに集め、ヴァルハラを強化しようとしているのです。
ところがブリュンヒルデ(ワルキューレたちの長姉)が遅れており、ワルキューレたちは不安げに彼女を探しています。ブリュンヒルデは父神ヴォータンが人間の女性に産ませたジークリンデを連れて来て、ヴォータンの怒りを買います。ジークリンデは双子の実の兄ジークムントの子どもを身ごもっていました。
ブリュンヒルデはヴォータンによって天界を追放され、岩屋で眠りに封じ込められて、岩屋の廻りを火焔で包んで誰も近づけないようにされてしまいます。彼女を救いだすのは、ジークリンデが産むことになるジークフリートなのですが、それはまだ、ずっとあとのことになります。

リヒャルト・ワグナー/作曲 サー・ゲオルグ・ショルティ/指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
映画『地獄の黙示録』では、騎馬から戦闘ヘリに乗り換えたアメリカ空軍騎兵隊第一中隊が、ソニーのオープンデッキでワグナーの『ワルキューレの騎行』を大音量で鳴らしながら、ベトナム人たちを空から虐殺します。
アメリカが13年かけて600万人のベトナム人を殺戮した後、ワルキューレたちは、5万8千人の死んだ米兵たちを引き連れて飛び、アメリカのヴァルハラ・ホワイトハウスへと送り届けることになります。
今また、ロシア-ウクライナ戦争やイスラエルによるガザでの無差別殺戮とパレスティナへの侵略、アメリカとイスラエルの独裁的な指導者によるイラン攻撃によって、世界的に「地獄の黙示録」が再開されようという兆候が見えてきています。
ワルキューレたちは、「また忙しくなって来たぞ。がんばらなくっちゃ」と気合を入れているかもしれません。
『八甲田山』(昭和52年・1977年6月18日封切)

映画『八甲田山』(東宝、昭和52年・1977年)は、年に一度は見直す映画の一つです。
日露戦争が切迫する時代を背景に、ロシアによる交通インフラへの攻撃を想定して、弘前第三十一連隊と青森第五連隊が冬の八甲田山系の踏破が可能かどうかを確かめるために雪中行軍を敢行します。八甲田山系では、両連隊は互いに逆方向から進入してすれ違うコースを取ることになります。
弘前第三十一連隊は総数37名(映画とは異なるが、実際の人数)の少数精鋭の小隊編成、対して青森第五連隊は、編成外の大隊本部がくっついた総数210名の中隊編成という変則的な組織になっていました。
青森─→幸畑─→田茂木野─→小峠─→田代
これが青森第五連隊雪中行軍隊の当日の予定で、田代には新湯という湯治場があり、兵隊たちは一杯やって温泉につかることを楽しみに行軍を続けていました。当初は、1泊2日で往復する行軍予定でした。
小峠から田代までは二里半(約10キロ)あり、順調にいけば2時間ほどで到着すると考えていました。ところが天候が急激に悪化して、風雪が強く気温も低下、携帯していた握り飯は凍結して食うこともできず、真剣に帰隊を検討する事態にいたります。
結局、帰隊の選択肢は捨てられて、青森第五連隊は「白い地獄」への道を突き進むことになります。ここで引き返していれば、大惨事を避けられたかも知れないのに、です。軍人としてのプライドや、弘前第三十一連隊との競争意識が、冷静な判断を狂わせたのかも知れません。何より、ここではまだ、彼らは冬の八甲田の本当の厳しさを知らず、山というものを侮っていたのだと思います。
結果的に、青森第五連隊は3昼夜、吹雪の八甲田をさまよい、210名のうち199名が死亡、弘前第三十一連隊は11泊12日の大遠征を成し遂げ、総数37名のうち1兵も損ずることなく無事に帰隊しました。二つの連隊の明暗を分けたものは、いったい何だったのでしょうか?
弘前第三十一連隊の徳島大尉は、冬の八甲田の恐ろしさを知っており、雪中行軍を成功させるためには民間人に頼ることも必要と考え、途中の村で案内人を雇ってほぼ全区間を先導者を付けて行軍しました。そのために、吹雪の中でも道に迷うことなく進むことができたのでした。
一方、青森第五連隊のほうは、途中の村で村の長から冬の八甲田は危険だと言われるのですが、大隊長は「お前たちは案内料が欲しくてそんなことを言うのだろう!」と、一言のもとにはねつけてしまいます。これは記録に残されている事実です。
さらに映画では、「軍には地図と羅針盤というものがある。案内人などはいらん」とまで言わせています。地図は吹雪の中では開くことができず、羅針盤の針も零下何十度かのもとでは凍り付いて役に立たなくなってしまうのですが。
すでにこの時点で、雪中行軍の責任者である神田大尉の指揮権を大隊長が侵して指揮系統を混乱させ、後に進路が迷走する原因を作ってしまっているのは大きな問題でした。
『八甲田山』は、私が大学生の時、今はない仙台日乃出劇場で、高校一年生だった弟といっしょに見た映画です。本当はアニメ映画『宇宙戦艦ヤマト』を見る予定だったのですが、すでに前日で上映が終了していたのを当日知り、やむなく『八甲田山』に変更したという事情がありました。
弟は高校に入学して間もなく、体調不良で休むようになっていました。町医者から大学病院で精密検査を受けるように言われ、その結果、特発性心筋症と診断されました。
しばらく大学病院に入院していましたが、症状が回復して退院して来たので、お祝いを兼ねて映画に連れて行ったというわけです。
夏休みのバイトで稼いだ金があったので、奮発して昼飯に味噌チャーシュー麺をおごったりして、私としてはせいぜい兄貴らしいところを見せた積りでいました。
翌年、1月の雪の降る深夜に、弟は十六歳でこの世を去りました。
特発性心筋症は当時、難病指定されていて治る見込みのない病気でしたが、両親はそれを私に黙っていたため、亡くなるまで知りませんでした。
私にとって『八甲田山』という映画は、たった一度だけ弟と一緒に見たという思い出とつながっていて、いまでも胸に痛みを覚えることなしに見ることができない映画となっています。
作曲/芥川也寸志
「八甲田雪中行軍遭難事件」のおさらい
『ジェルソミーナ Gelsomina』[映画『道 La Strada』主題歌](昭和29年・1954年)

作曲/ニーノ・ロータ
フェデリコ・フェリーニ監督の映画『道 La Strada』は、『七人の侍』や『ゴジラ』と同じ昭和29年(1954年)に公開されています。
最良の映画はすべて、もうこの年に出現してしまっていたんだな。
ニーノ・ロータによる哀愁漂う主題歌『ジェルソミーナ Gelsomina』を聞きながら、映画のあらすじを振り返ってみましょう。
イタリアの貧しい漁村。ちょっと頭は足りないけれど純粋無垢な心を持つ娘ジェルソミーナ(ジュリエッタ・マシーナ)は、窮迫した家計を助けるために、粗暴な大道芸人ザンパノ(アンソニー・クイン)にわずかな金で売られていきます。
ザンパノは、胸に太い鎖を巻き、その留め金を胸筋で引きちぎるのが十八番の芸人で、トレーラー付きのアメリカ製バイクで旅をしながら暮らしていました。トレーラーは鍋や楽器などの置き場所であり、ベッドルームでもあります。
ジェルソミーナは太鼓をたたいて口上を言ったり、ラッパを吹いてコメディを演じたりと、厳しく芸を仕込まれます。最初の夜に、ザンパノは無理やりジェルソミーナと寝ます。しかし、翌日には酒場で知り合った赤毛の女ローザを追い回して、ジェルソミーナを悲しませます。
「ローザにもおんなじことをしたの? あなたって女遊びする人?」
ザンパノは彼女を人間扱いせず、暴力と身勝手な振る舞いを繰り返しますが、ジェルソミーナは自分の存在意義を見出せずに悩みながらも、彼に寄り添い続けます。
やがてジェルソミーナとザンパノはサーカス団に加わりますが、そこで出会った綱渡り芸人「イル・マット(キ印)」(リチャード・ベースハート)が二人の運命を大きく変えていくことになります。
ジェルソミーナが初めて「キ印」を見たのは、街の大通りでした。道を挟んで建物と建物との間に張り渡した綱の上を、テーブルを抱えて渡っていき、地上から40メートルの空中でスパゲッティを食べて見せるデモンストレーションをして、投げ銭を稼いでいるのでした。彼は背中に、天使のような白い羽根を背負っていました。ジェルソミーナは彼の芸を目をみはって見つめていました。
サーカスで、ジェルソミーナは「キ印」と再び出会います。「キ印」もジェルソミーナに興味を示して、いろいろ話しかけたり、口説いたりします。でも、ジェルソミーナはすっかり自信を無くしていて、「自分なんて死んだほうがいい」と言って泣きます。
「キ印」はそこら辺に転がっていた小石を拾って来て、「こんな小さな石でも、何かの役に立っているんだ。もしこれが無益なら、星だって無益だ。神様はすべてを知っておられる」と、ジェルソミーナに言い聞かせます。
ジェルソミーナはこれ以降、「キ印」がした小石についての話を胸に抱いて生きるようになります。
ザンパノと「キ印」は昔からの知り合いでしたが相性が合わず、「キ印」がザンパノをからかうとザンパノはナイフを持って追いかけ回すという事件を起こし、ザンパノは警察署の檻の中に留置されてしまいます。これが原因で、ザンパノと「キ印」は、サーカス団から解雇されます。団長はジェルソミーナに、一緒に来たければ来てもいいと言いますが、ジェルソミーナはザンパノのそばにいることを選ぶのでした。
ジェルソミーナの気持を知った「キ印」は、
〽ジェルソミーナ ジェルソミーナ……
と、彼が作った歌を歌いながら別れて行きました。
檻から出て来たザンパノとジェルソミーナは、トレーラー付きバイクでの旅暮らしに戻ります。途中で修道女を乗せて走っていると、ガソリンが切れそうになったので、修道院長に頼んで修道院の納屋で一晩明かさせてもらうことになります。翌日、二人が修道院を出てバイクで道を行くと、自動車がパンクしてしまって立ち往生している「キ印」と出会ってしまいます。
ザンパノは、怒りがぶり返して、「キ印」に殴りかかっていました。「キ印」はザンパノに捕まって2、3発パンチを食らうと、後頭部を抱えて前かがみに倒れ込んでしまいます。ジェルソミーナは「ザンパノ! 来て! おかしいわ! キ印が死にそう!」と叫んでいます。しかしザンパノは「捕まってしまう」と自分のことしか考えていません。「キ印」の死体を両足を持ってひきずっていき、小さな橋の下に隠すと、今度は「キ印」が乗って来た自動車を押して移動させ、川の中へ落とすと、車は炎上してしまいます。
雪が残る市街地で、ザンパノはいつものように人を寄せて大道芸を始めますが、ジェルソミーナは「キ印」のことが頭から離れず、満足な芸ができません。犯行がばれることを恐れたザンパノは興行を中止してその場を離れてしまいます。
第二次世界大戦の傷跡なのでしょうか、わずかに壁の残骸が残っているだけの荒野で、ザンパノはジェルソミーナと火を焚いて食事を摂ろうとしますが、ジェルソミーナは「ザンパノ、キ印が死にそう、キ印が苦しんでいる」と語り始め、ザンパノは茫然と彼女を見つめることしかできませんでした。
火にかけた飯盒に、雪が降り始めていました。ザンパノが「母親の所に帰りたいか?」と聞いても、ジェルソミーナは「私以外に、誰があんたといるの?」と答えるだけでした。
ジェルソミーナが眠ってしまうと、ザンパノはトレーラーから毛布を取り出してきて彼女にかけてやり、くしゃくしゃに丸めたお札の固まりを毛布の下に押し込み、そのまま置いて行こうとします。トレーラーに彼女のラッパが残っているのに気が付き、戻ってジェルソミーナの寝ている脇にそっと置いてやります。そして、バイクを静かに押してその場を離れ、十分に離れてからエンジンをかけて立ち去ってしまいました。
ジェルソミーナを捨てたザンパノは、数年後、海の近くの町で、サーカスの一員としていつもの芸を見せていました。
ザンパノが散歩に出ると、どこからか女性のハミングが聞こえて来て、それがかつてジェルソミーナが歌っていた歌であることに気が付き、彼は歌い主を探します。歌っていたのは、洗濯物を干している女で、ジェルソミーナではありませんでした。ザンパノは「その歌はどこで覚えた?」と女に話しかけます。
「ずっと前にいた娘が歌っていたの。4、5年くらい前かしら。死んだわ。かわいそうに」
或る晩、女の父親が砂浜で倒れているその女を見つけて、家に連れてきました。体を壊して、熱があり、何も言わず、何も食べずに、泣くばかりでした。体調がよい時は日向ぼっこをして、「ありがとう」と言ってその曲をラッパで吹いていたということでした。
或る日、朝になってもその女は目を覚まさなかったと、女はザンパノに語りました。
翌日もいつもどおりの芸をして食い扶持を稼ぐザンパノでしたが、彼の気持はすっかり荒んでしまっていて、夜になるとバーで、客を相手に大喧嘩をする始末でした。客に殴られたり蹴られたりした挙句、止めに入った昔からの友人にも悪態をついて、「俺はひとりでいいんだ」とザンパノは叫びます。
夜の海に来て、ザンパノはしばらく寄せる波の中を歩いていましたが、砂浜に上がって座り込むと、何かを考えているふうで、空を見上げながらゆっくりと視線をめぐらします。何かに思い当たったのか、表情が静止すると涙があふれ始め、砂浜に突っ伏して声を上げて泣き続けるのでした。
海は、ジェルソミーナの故郷がある場所であり、遠く離れた所にいても、海に来ては彼女は故郷のことを思い出していました。ザンパノは、海に来ることで、海のある村から買って来た女のことを思い出したのかも知れません。
腕っぷしの強さだけで生きて来たザンパノでしたが、彼の暴力で「キ印」を死なせたことが引鉄となって、ジェルソミーナまで失うことになりました。その時、ザンパノは、彼がひとりではなかった時があったことに、初めて気づいたのだと思います。本当に大切なものは、失くてしまうまで気が付かないものだ、というのが、この映画の苦い教訓かも知れません。気付いたところで、全てはもう戻って来ないのですが。それが映画の最後の、ザンパノの長い慟哭が意味するものだと思います。
映画 「道 La Strada」 淀川長治さん解説
「頭のいかれた女の子」という淀川さんの言い方に、なぜかほっとします。ジェルソミーナのことを「精神薄弱者」とか「知的障害」とか書かれているのを見ると、その冷酷な表現に背筋がぞわっとしてしまいます。
ちがう! ジェルソミーナはちょっと頭がいかれてるだけなんだ! ファンキー・モンキー・ベイビーなんだ!
これで『昭和百年・新日本童謡集』は終わります。
一つ一つの「童謡」との出会いをたどっていただければ、私が「童謡」から得て来た想いとその深化が理解していただけると信じています。だから、「一つの思想」としてまとめることはしないでおきます。
このあと何を書くかは、まだ決めていません。「忠臣蔵」とか、「言葉狩りの歴史」とか、そこらへんになりそうな気もするし、全く別なことを思い付くかもしれません。これまで書き散らしてきた記事で、途中のままのものもあるので、とりあえず、そこも埋めなくちゃとも思っています。
それでは皆さん、さよなら、さよなら、さよなら!

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