昭和百年・新日本童謡集【インストゥルメンタル編】~『進め正太郎』『大脱走マーチ』『八甲田山』ほか【完結】

  1. 新日本童謡集【インストゥルメンタル編】
    1. 『進め正太郎』[TV連続アニメ『鉄人28号』挿入歌](昭和38年・1963年)
    2. TV『ウルトラQ』主題歌(昭和41年・1966年)
    3. 『科学特捜隊の歌』[TV『ウルトラマン』挿入歌](昭和41年・1966年)
    4. 『メーサー殺獣光線砲車出撃マーチ』[東宝映画『サンダ対ガイラ』挿入曲](昭和41年・1966年)
      1. 『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』東宝(昭和41年・1966年)予告編
    5. 『ウルトラ警備隊の歌』[TV『ウルトラセブン』挿入歌](昭和42年・1967年)
    6. 交響詩『ウルトラセブン』第三楽章「ウルトラホーク発進」(昭和54年・1979年)
    7. シューマン『ピアノ協奏曲 イ短調 作品54』カラヤン/指揮、リパッティ/ピアノ独奏[『ウルトラセブン』第49話「史上最大の侵略」後編(最終回)挿入曲]
    8. 『七人の侍』(昭和29年・1954年4月26日封切)
    9. 『荒野の七人 The Magnificent Seven』(昭和35年・1960年)
    10. 『大脱走マーチ』[映画『大脱走 The Great Escape』主題歌](昭和38年・1963年)
    11. 『さすらいの口笛』[映画『荒野の用心棒 Per un pugno di dollari』主題歌](昭和40年・1965年)
    12. 『怒りの荒野 I giorni dell’ira』(昭和42年・1967年)
    13. 『【必殺シリーズ】メインテーマ』[TV『必殺仕事人』挿入曲](昭和54年・1979年)
      1. 『【必殺シリーズ】出陣のテーマ』[TV『必殺仕事人』挿入曲](昭和54年・1979年)
      2. 『【必殺シリーズ】殺しのテーマ』[TV『必殺仕事人』挿入曲](昭和54年・1979年)
      3. 『【必殺シリーズ】中村主水のテーマ』[TV『必殺仕事人』ほか挿入曲](昭和54年・1979年)
    14. 『ワルキューレの騎行』[映画『地獄の黙示録 Apocalypse Now』挿入曲](昭和54年・1979年)
    15. 『八甲田山』(昭和52年・1977年6月18日封切)
      1. 「八甲田雪中行軍遭難事件」のおさらい
    16. 『ジェルソミーナ Gelsomina』[映画『道 La Strada』主題歌](昭和29年・1954年)
      1. 映画 「道 La Strada」 淀川長治さん解説

新日本童謡集【インストゥルメンタル編】

ここまでは、私の子供時代から大人の入り口くらいの時代に接触した、歌詞のある《新童謡》だけを紹介してきました。しかし、じつは歌詞のない曲だけの音楽でも、心の奥底で鳴り響き続けているものがあります。
今回は『昭和百年・新日本童謡集』の【最終回】として、そんなインストゥルメンタル作品を紹介します。

私が中学から高校にかけた時期に、テレビでは「洋画」ブームが起こり、すっかり洋画に夢中になってしまいました。
淀川長治よどがわながはる解説の『日曜洋画劇場』を初めとして、荻昌弘おぎまさひろの『月曜ロードショー』、水野晴夫みずのはるおの『水曜ロードショー』などが次々に始まり、大量の洋画に触れられる環境ができました。小森のおばちゃまなんてのもいたっけ。

そこで知った外国映画の音楽の中にも、映画と共に夢中になったものがありました。今回は、そんな外国映画の音楽も紹介したいと思います。

『進め正太郎』[TV連続アニメ『鉄人28号』挿入歌](昭和38年・1963年)

     作曲/越部信義

「みなさん、こんばんは。『鉄人28号』の時間です!」
このナレーションとともに「進め正太郎」の音楽が流れ、前回までのあらすじを紹介するというのが、毎回の番組の始まり方でした。わくわく感が最高に高まる瞬間で、この音楽は記憶の底に染み付いてしまっています。

TV『ウルトラQ』主題歌(昭和41年・1966年)

左より、星川航空のパイロットにしてSF作家の万城目 淳、パイロット助手の戸川一平、毎日新報カメラマンの江戸川由利子。

     作曲/宮内國郎

『ウルトラQ』は、まずオープニング・タイトルから度肝を抜かれました! 不気味な音楽とともに、なんだかわからないうにゃうにゃした模様が回転して、最後に「ウルトラQ」というロゴになる、それまで見たことのないものでした。

事件が起き始めていることを告げるドキュメンタリータッチの映像で始まり、そしてあのナレーションが流れます!

そうです。ここはすべてのバランスが崩れた、恐るべき世界なのです。これから30分、あなたの眼はあなたの体をはなれて、この不思議な時間の中に入っていくのです。(ナレーション/石坂浩二)

この不思議な時間の中に入っちゃうと、たとえションベンがもよおしても、CMになるまで我慢して見続けなければなりません! ハラハラ・ドキドキの、幸せな30分間でした。

特撮の円谷英二という名を記憶に刻み込んだ、記念碑的な作品でした。

『科学特捜隊の歌』[TV『ウルトラマン』挿入歌](昭和41年・1966年)

TV空想特撮シリーズ『ウルトラマン』1966年7月17日放映開始
科学特捜隊のメンバー。左から、イデ、アラシ、ムラマツキャップ、フジアキコ、ハヤタの各隊員。右端にいる少年は「ホシノイサムくん」

     作曲/宮内國郎

空想特撮シリーズの『ウルトラマン』は、1966年7月17日から1967年4月9日まで、TBS系列で全39話が放送されました。
前作『ウルトラQ』との大きな違いは、宇宙人巨大ヒーローと科学特捜隊という怪獣退治の専門家チームが登場することです。

マンガ家の鳥山 明も『ウルトラマン』に影響を受けた世代と見えて、出世作の『Dr.スランプ』でも、ペンギン村にデフォルメされたウルトラマンが顔を出したり、科特隊のユニフォーム姿のアラレちゃんが扉を飾ったこともありました。

鳥山明『Dr.スランプ』
科特隊ユニフォーム姿のアラレちゃん

嬉しかったのは、庵野秀明がVFXを駆使した映画『シン・ウルトラマン』を公開してくれたことです。ポスターを見れば、庵野監督(この映画では、脚本と編集を担当)が元祖『ウルトラマン』をいかにリストペクトしているかがわかります。

『シン・ウルトラマン』東宝、2022年5月13日封切

ポスターデザインが、まんま、『ウルトラマン』です。

『メーサー殺獣光線砲車出撃マーチ』[東宝映画『サンダ対ガイラ』挿入曲](昭和41年・1966年)

メーサー殺獣光線砲車

     作曲/伊福部 昭

この曲は、東宝映画『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』の中で使用された挿入曲です。『ゴジラ』(昭和29年・1954年)の音楽を担当した、特撮映画音楽のフロンティアである伊福部いふくべ あきらが作曲しました。彼は映画全体の音楽も担当しています。

私は『メーサー殺獣光線砲車出撃マーチ』と呼んでいますが、正式名称は『Lエル 作戦マーチ』というようです。
「L 作戦」とは、海から羽田空港に上陸して来た人食い怪獣ガイラを退治するために、東宝自衛隊が実行した殺人光線と高圧電流による攻撃作戦です。

殺人光線を巨大なパラボラ型の砲塔から発射するのがメーサー光線砲車であり、自走式ではないので牽引車に引かれて移動します。2台が共同で作戦行動に当たりました。
蛇が鎌首をもたげるようにして発射体制に入り、指向性の高い熱線を発射します。熱線がそれて、周りの樹木にあたってなぎたおす様子まで、精細な特撮で描かれています。

それと同時に、ガイラを河の中におびき寄せて高圧電流を流して攻撃するため、あらかじめ東宝自衛隊員たちが太いコードの付いた大きな電極を、河の中に投げこんでおきます。
これら東宝自衛隊の行動場面で頻繁に流されたのが『L 作戦マーチ』でした。勇壮なマーチは、映画を見たものに強い印象を残しました。

『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』東宝(昭和41年・1966年)予告編

『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』は、東宝系で1966年7月31日に封切られました。監督は本多猪四郎、特技監督は円谷英二という、『ゴジラ』コンビによる作品です。

『ウルトラ警備隊の歌』[TV『ウルトラセブン』挿入歌](昭和42年・1967年)

ウルトラ警備隊のメンバー。左から、アマギ、モロボシ・ダン、キリヤマ隊長、友里アンヌ、フルハシ、ソガの各隊員。

     作曲/冬木 透

『ウルトラセブン』では、『ウルトラマン』の巨大ヒーロー物という設定を受け継ぐとともに、装備が一段とグレードアップした地球防衛軍極東基地の特別精鋭部隊であるウルトラ警備隊が登場します。

地球防衛軍極東基地は富士山麓の地下深くにあり、主力兵器であるウルトラホーク1号、2号、3号も基地付属の格納庫で常時待機しています。

ウルトラホーク1号 UH-001

ウルトラホーク1号に出撃命令が下ると隊員が乗り込み、地下格納庫からエレベーターフロアまで4つのゲートをくぐって運ばれ、そこからエレベータで地上の発進フロアまで上げられます。この時流れる音楽が『ウルトラ警備隊の歌』です。

それにかぶせて、管制室から「Fourth gate open! Fourth gate open!」(第4格納扉開放!)の声とともに様々な指示が飛びます。この声は満田みつた かずほ監督みずから吹き込んだもので、これがあるおかげで臨場感たっぷりのシーンになっています。

富士山南西斜面の双子山に発進ゲートはカムフラージュされており、山体の一部がスライドしてゲートが開放されると、ウルトラホーク1号が飛び出していきます。

ウルトラホーク1号は戦闘・爆撃・偵察・哨戒の目的で開発された多目的大型軍用機であり、状況に応じて、αアルファ 号、βベータ 号、γガンマ 号の3機に分離して戦うことが出来ます。

実は前番組のTBSウルトラシリーズ第3弾『キャプテン・ウルトラ』(1967年4月16日から9月24日放映)で、東映特撮によるシュピーゲル号が1号機から3号機まで分離して戦う「D3ディースリー作戦」というのをやっていて、アイデア的には2番煎じ感があったのですが、特撮表現の精緻さではさすが円谷プロという出来栄えだったと思います。

私的には『キャプテン・ウルトラ』のアカネ隊員も捨てがたかったのですが、アンヌ隊員の登場によって想いは更新されて行きました。

ウルトラホーク2号 UH-002

ウルトラホーク2号は宇宙空間での作戦行動用ロケットで、偵察・戦闘を任務としています。
地下の専用サイトに格納待機しており、出撃命令が下ると共に伸縮式通路が伸びて2号の入り口にドッキングして隊員が乗り込むと、発進ゲート直下までサイト自体が移動していきます。

ウルトラホーク3号 UH-3

ウルトラホーク3号は、垂直離着陸が可能なジェット推進エンジン搭載の偵察・戦闘用機です。出撃命令と共に隊員が乗り込んで、1号機脇にある待機フロアから2つのゲートをくぐって発進口のあるフロアまで移動していきます。発進口は人口の滝によって偽装されており、滝を突き破るようにして発進します。

ハイドランジャー HR-1

ハイドランジャーは主力攻撃型潜航艇で、地下深部にある専用ドッグにHR-1とHR‐2の同型艦が2隻、格納されています。専用水路が整備されており、そこを通って作戦海域に出るようになっています。最短距離にある海域は駿河湾もしくは相模湾なので、出入り口はそこにあると思われます。

ポインター TDF PO-1

ポインターはウルトラ警備隊の戦闘・パトロール用ビハイクルで、最もよく活躍します。極東基地から全国に通じるシークレットロードを通って出動します。

ジェリー・アンダーソン製作のSF人形劇『サンダーバード』が、NHKテレビで1966年4月10日から1967年4月2日まで放送されましたが、SFメカのオンパレードだったのに影響を受け、『ウルトラセブン』では地球防衛軍の装備として多彩なメカ群が用意されました。

交響詩『ウルトラセブン』第三楽章「ウルトラホーク発進」(昭和54年・1979年)

     作曲/冬木 透 指揮/小松一彦 演奏/東京交響楽団

『交響詩「ウルトラマン」』と『交響詩『ウルトラセブン」』は、それぞれのテーマソングと劇伴音楽を担当した宮内國郎と冬木 透がオーケストラのために作曲したもので、ウルトラファンへの最高のプレゼントでした!

ウルトラセブンの音楽は、「宇宙の広がりというのは、テレビのフレームでは表現できないから、音楽で表現してほしい。子どもの耳にためになる壮大な音楽を作れ」と監督・円谷一からの注文を作曲家・冬木透が受けて、キャラクターに特定の楽器を当てるライトモティーフの手法が取られており、クラシックの技法を重視して子どもの音楽性が育つよう和声感覚を重視した曲が作曲された。
「交響詩ウルトラセブン」は「ウルトラセブン」放送開始12年後の1979年にLPレコードの企画アルバムとして「ウルトラセブン」に使われた曲を選曲し、5楽章の交響詩として楽器の編成を大きくフル編成のオーケストラに再構築し、「交響詩ウルトラマン」とのカップリングで発売された。

(C)円谷プロ
NIPPON COLUMBIA CO.,LTD.

シューマン『ピアノ協奏曲 イ短調 作品54』カラヤン/指揮、リパッティ/ピアノ独奏[『ウルトラセブン』第49話「史上最大の侵略」後編(最終回)挿入曲]

「アンヌ……僕は、僕はね、人間じゃないんだよ。M78星雲から来たウルトラセブンなんだ」まばゆい光の背景へと転換した瞬間が鮮烈でした。

   『ピアノ協奏曲 イ短調 作品54』シューマン/作曲、カラヤン/指揮、リパッティ/ピアノ独奏

『ウルトラセブン』の最終話「史上最大の侵略」は前後編で描かれ、最終回の第49話では、長い間の地球上の戦いに疲弊したウルトラセブンは、M78星雲へと帰還して行きます。

駈けつけたアンヌに、モロボシ・ダンは、とうとう自分の秘密を告白することになります。
「アンヌ……僕は、僕はね、人間じゃないんだよ。M78星雲から来たウルトラセブンなんだ」
その瞬間、劇的な音楽と共に、背景がまばゆい光のきらめきへと転換します。鮮烈な映像と一緒にその時流れたクラシックっぽい音楽が長く記憶に残っていました。その曲がシューマンの『ピアノ協奏曲 イ短調 作品54』だと知ったのは、だいぶ後になってからのことでした。

満田みつた かずほ監督は、このシーンに絶対使いたいと思っていたピアノ音楽があったそうです。それはラフマニノフのピアノコンチェルトだと思いこんでいたのですが、ダビングの時に音楽担当の冬木 透にレコードを持って来てもらって聞いたら、自分の頭の中にあるメロディとは全然違っていました。
そこで冬木が何枚か持って来ていたレコードの中から選んで決めたのが、シューマンの『ピアノ協奏曲 イ短調 作品54』だったということです。
この話は『ウルトラセブン SFヒーローのすばらしき世界』(ファンタスティック・コレクションNo.19、朝日ソノラマ、昭和58年12月1日発行)に、満田監督自らが「制作裏話」として書いています。

地球上での最後の戦いを終え、いままさに宇宙へ帰って行こうとするウルトラセブン。

『七人の侍』(昭和29年・1954年4月26日封切)

「野武士襲来!敢然と挑む徒手空拳の侍七人 痛烈無双最大の時代活劇」

     作曲/早坂文雄

黒沢明監督の映画『七人の侍』は、チャンバラ映画の勧善懲悪の予定調和的なストーリーや型にこだわった殺陣たてを否定して、リアリズムに徹して作り上げた時代劇の傑作です。

映画の面白さが目いっぱいに詰め込まれていて、白黒だとかカラーだとか、スタンダードだとかシネスコサイズだとかを忘れて、3時間27分という長い上映時間ながら最後まで夢中で見てしまいます。

映画は登場人物の着物や髪型、食料や食器、農具や家屋構造など、できる限りの時代考証を尽して製作されました。村の地形や家屋の配置が綿密に設計され、それを活かした侍たちの戦略や戦術が克明に描き出されています。

左から、五郎兵衛、菊千代、七郎次、勝四郎(手前)、平八、勘兵衛、久蔵の七人。

『七人の侍』は、映画のために資料を調べているうちに、ある村が野武士の襲撃を防ぐために侍を雇って、その村だけが助かったという記録が出て来て、その話を中心にして脚本を書き始めたということです。

時は戦国時代。
収穫のたびに野武士に襲われる村の百姓たちは、自衛のため「侍を雇う」という賭けに出ます。代表の茂助(小杉義男)、与平(左卜全)、利吉(土屋嘉男)が宿場町で侍探しを始めます。報酬は「米の飯を腹いっぱい食わせる」というもの。命がけにしてはあまりに安い条件でしたが、百姓の苦しみに心を寄せた勘兵衛をはじめ、生まれも育ちも生き様も違う七人の侍が集まります。

島田勘兵衛(志村喬)は、落城経験を持つ冷静沈着な知将。子どもをさらった盗人を、僧に扮して油断させ斬り捨て、見事に奪還します。その手腕に惚れた百姓たちの頼みを一度は断るものの、彼らが稗飯ひえめしを食べながら、自分には白い飯を食べさせていると知り、「この飯、おろそかには食わんぞ」と引き受けます。敵の野武士は四十人、最低でも侍が七人は必要と見て、仲間集めが始まります。

岡本勝四郎(木村功)は、育ちの良い若侍で、勘兵衛に心酔し弟子入り志願しますが、子ども扱いされて取りあってもらえません。

菊千代(三船敏郎)は、粗暴で異様に長い太刀をかついでいる自称侍だが、実は百姓出身。彼もまた勘兵衛に心服して弟子になろうとするも勘兵衛に取り合ってもらえません。嘘の系図を勘兵衛に示すと、「この菊千代というのがお前か? ハハハハ、おぬし十三歳には見えぬが。……この系図、どこで盗んだ?」と、笑われながらも執念深くついて来ます。

片山五郎兵衛(稲葉義男)は、柔和ながら鋭い戦術眼の持ち主で、気配を見抜く試験に合格して仲間に。実は、この場面、2003年のNHK大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』の第1回で、そっくりな場面が出て来ます。私は見ていて、「なんじゃこりゃあ!『七人の侍』じゃねえか!」とひっくり返ったのをおぼえています。

七郎次(加東大介)は、勘兵衛の落城仲間で信頼が厚く、「わしの古女房」とみんなに紹介されます。兵站や組織作りで、勘兵衛の右腕として働きます。

       侍の旗
  『七人の侍』シナリオより

林田平八(千秋 実)は、腕はそこそこですが、明るさで周囲を鼓舞するムードメーカー。

久蔵(宮口精二)は、剣に生きる孤高の達人で、決闘の腕を見込まれて加わります。

平八が作った、上に〇が六つ、中に△、一番下に「た」と書いた侍たちの旗印は、〇が侍、「た」は「田」のことで百姓、真ん中にある△は菊千代を表しており、この旗こそ、映画『七人の侍』の本質を表しています。
『七人の侍』は、侍と百姓という本来交わるはずがない異なる身分の者たちが、百姓上がりの侍である菊千代を媒介に結びつき、野武士の大軍に立ち向かう物語なのです。

侍たちが村に着いても百姓は姿を見せませんが、菊千代がけたたましく板木を打ち鳴らし、偽の警報で全員を引っぱり出します。「これでええ」と長老の儀作。「馬鹿と鋏は使い様で切れるか。これで、七人揃いましたな」と平八が勘兵衛に言います。

翌日から百姓の戦闘訓練と陣地構築が始まり、勘兵衛と五郎兵衛は地形を実地検分しながら戦術を練ります。
やがて菊千代が、百姓が落ち武者狩りで得た武具を持ち込むと、侍たちは皆憤ります。
「貴様ッ、それでも侍か!」と七郎次。
「まあよい。落ち武者になって竹槍に追われた者でなければ、この気持はわからん」と勘兵衛。
「俺は、この村の奴らが斬りたくなった!」と久蔵が言います。
しかし菊千代は叫びます。
「百姓はずるくて臆病で人殺しだ。だが、そうしたのは侍だ!」
戦のたびに村を焼き、食糧を奪い、踏みにじってきたのは誰か。菊千代の言葉に、侍たちは理想と現実のはざまで揺れ、自らと百姓の在り方を見つめ直していきます。

映画の後半は、全編が野武士と侍・百姓連合軍との凄まじい戦いの連続で、特に豪雨の中での決戦は、『七人の侍』といえば必ず語られる忘れがたい名場面となっています。
このシーンを撮影したのが2月という冬の真っただ中で、泥が凍ってしまったので、解かすためにホースで水をじゃんじゃんかけたところが、あのもの凄い泥だらけのシーンになってしまったのだそうです。

『荒野の七人 The Magnificent Seven』(昭和35年・1960年)

     作曲/エルマー・バーンスタイン

ジョン・スタ-ジェス監督の『荒野の七人』(1961年5月3日封切)は、黒沢明監督の『七人の侍』の再映画化権を取得して製作された、アメリカ製の由緒正しい西部劇です。

日本の時代劇を西部劇に移植するにあたっては、『七人の侍』そのままとは行かなかったようで、登場人物のキャラクターやストーリーがだいぶ変えられています。

左から、クリス、ヴィン、チコ、オライリー、リー、ハリー、ブラットの七人。

志村喬が演じた侍たちのリーダー勘兵衛にあたるのが、ユル・ブリンナーが演じる腕利きのガンマン、クリスです。野盗に村を狙われた農夫たちに用心棒を頼まれ、彼は仲間としてさらに6人のガンマンをスカウトしていきます。

最初に仲間入りするのがスティーブ・マックィーン演じるヴィンですが、これは厳密には『七人の侍』には該当する人物がいません。稲葉義男五郎兵衛加東大介七郎次を合わせたような、『荒野の七人』独自のキャラクターと言っていいと思います。

三船敏郎菊千代木村功勝四郎をミックスしたような存在が、 ホルスト・ブッフホルツ演じるチコです。クリスに認めてもらえず、6人が村へ向かう後を遅れてついて行ったり、警戒して姿を見せない村人たちを教会の鐘を鳴らして集める場面は菊千代的ですが、一方で勝四郎のように村の娘と恋に落ちたりもします。

そのほかにも、千秋実平八に相当するチャールズ・ブロンソンオライリー宮口精二久蔵にあたるジェームズ・コバーンブリット、そして該当する人物のいない ブラッド・デクスターハリー、 ロバート・ヴォーンリーがいます。
これで七人!

登場人物のエピソードやストーリーは、『七人の侍』をいったん分解して再構成したものと考えてよいでしょう。
音楽を担当したエルマー・バーンスタインも、早坂文雄の楽曲を研究し、そのエッセンスを踏まえたうえで、西部劇にふさわしいアレンジを加えたといわれています。

黒澤明と宮崎駿の対談集『何が映画か』(徳間書店、1993年)を読むと、黒澤は「リメイクというのは成功したためしがない」と語り、宮崎駿は「白人のガンマンとメキシコ人を百姓にした設定は最低だった」「異民族というのは問題がある」と批判しています。それに対して黒澤も「騎兵隊の退役したのが守ったというのならわかるが、ガンマンはガンマンなんで、野伏のぶしと同じだ」と答えて、宮崎駿の意見に同調しています。

私もまた、農夫の中に裏切り者が出て、七人のガンマンが拳銃やライフルなどの武器を野盗に取り上げられて、村外へ追い出され、しかも後であっさり返されるという展開には、「なんだかなあ」と思わざるを得ませんでした。いかにも作り物めいた安易さが気になります。

その後にガンマンたちの逆襲が始まるのですが、『七人の侍』で黒澤が苦心して築いたリアリズムが、ここではほとんど理解されていないように感じられ、この点でも残念な思いが残りました。

『大脱走マーチ』[映画『大脱走 The Great Escape』主題歌](昭和38年・1963年)

     作曲/エルマー・バーンスタイン

『大脱走』は、ここ二十数年間、私が年に3回は見る映画の一つです。もちろん、DVDでですが。
2013年に、製作50周年記念として4Kデジタルのブルーレイ版が出たのには感激しました。テレビで放送されるのを見るたびに、映像がボケボケなのが気になるようになっていました。そこにこの快挙です! 見たことないようなはっきりくっきりの映像で、心ゆくまで堪能しました。

戦争映画では、決死隊やら特攻隊やらしか知らなかった私が、なるほど、世界には「脱走」とか「レジスタンス」といった戦い方があるんだなと、初めて知った映画でした。

『大脱走』は、ドイツ軍の捕虜になったイギリス空軍やアメリカ空軍の連中が、脱走絶対不可能という収容所から、250名の大脱走を謀った第二次大戦の実話に基づく戦争映画です。とはいえ、「トム」「ハリー」「ディック」と名付けた3本のトンネルを掘って脱走計画が実行されたということが事実なだけで、映画で描かれたそれぞれの脱走場面はほとんどフィクションといってよく、それだからこそこの痛快な脱走映画ができたともいえます。

バージル・ヒルツを演じたスティーブ・マックィーン。ドイツ兵から奪ったオートバイで牧草地を駆け抜ける姿が最高にカッコよかった!

オートバイで逃げた奴なんて、実際にはいなかったしね。しかし、スティーブ・マックィーンによるオートバイでの逃走シーンがあるからこそ、『大脱走』という映画は伝説的作品として記憶に残っています。

主な登場人物を次に紹介しておきます。

ロジャー・バートレット(リチャード・アッテンボロー)は捕虜収容所内で結成されたイギリス空軍の脱走組織のリーダーで、通称「ビッグXエックス」と呼ばれています。冷静沈着に計画を指揮して、脱走の実施まで漕ぎつけますが、脱走後、ゲシュタポに捕えられて機関銃で殺害されてしまいます。
ちなみに手塚治虫は、この名称をパクって『ビッグ X』(『少年ブック』集英社・1963年)というタイトルのマンガを描いています。

バージル・ヒルツ(スティーブ・マックィーン)は、アメリカ空軍の一匹狼で、イギリス空軍の脱走計画には加わらず、相棒のアイブスと簡単なトンネルを掘って脱走を繰り返しますが、収容所の所長に逆らったり脱走に失敗するたびに懲罰房クーラー行きとなって「独房王」と呼ばれます。
「トム」がドイツ兵に発見されてしまい、アイブスが精神的限界に来て鉄条網を這いあがって逃げようとするのを監視塔から機関銃で射殺されると、それをきっかけにイギリス軍に協力するようになります。
ドイツ軍から奪った軍用バイクでの逃走劇はいまや伝説となっています。しかし、最後は鉄条網にバイクごと突っ込んで、収容所へと逆戻りするハメになります。

ヘンドリー(ジェームズ・ガーナー)はアメリカ人ですが、イギリス軍の脱走計画に協力しており、そこでの役割は「調達屋」です。脱走計画に必要なものは、巧みな心理操作でドイツ兵から何でも盗み出します。
脱走後は、コリンと共に奪ったドイツ軍の飛行機で国境を越えようとしますが、エンジン不調で不時着して捕まってしまいます。

コリン・ブライス(ドナルド・プレザンス)は「偽造屋」で、250名分の精巧な偽造パスポートを作成する職人です。目を悪くしてほとんど見えなくなってしまい、ロジャーが脱走は無理だと止めますが、ヘンドリーが責任を持つということで脱走はしたものの、奪った飛行機が不時着後、ドイツ兵に狙撃されて死亡してしまいます。

ダニー(チャールズ・ブロンソン)は「トンネル王」で、閉所恐怖症に耐えながらウィリーとともに脱走用のトンネルを掘り続けます。彼にとって、「トム」は17番目のトンネルでした。
脱走後は、ウィリーと小舟で川を下り、外国行きの船に乗り移って逃亡に成功します。

セジウィック(ジェームズ・コバーン)は「製造屋」で、トンネルへの送風機など、なんでも作るのが役割です。脱走後は、盗んだ自転車の後部に何が入っているやら分からない大きなトランクを載っけて、飄々と逃げる姿が秀逸でした。レジスタンスに助けられて、無事に国境を越えることになります。

アシュレー(デヴィッド・マッカラム)は「土処理屋」で、トンネルを掘削して出た土の処理方法を考え出しました。脱走後に、アシュレーが駅で列車を待っていると、ゲシュタポのクーンが乗降客を見張っていて、検問を受けているロジャーに気が付いたのを見て、クーンに飛びかかるとホームを駈けて逃げ出し、自分に注意を引き付けてロジャーを無事に逃がしますが、銃撃されて線路上に転がり落ちるとそのまま絶命します。

『荒野の七人』では残念無念だったジョン・スタ-ジェス監督ですが、『大脱走』では、戦争映画でありながら戦闘場面がまったく無いにもかかわらず、息をつかせないほど豊富な見せ場が作られていて、映画の面白さを存分に味わうことができました。

『荒野の七人』よりも『大脱走』の方が、その作り方からするとむしろ『七人の侍』的であったと思います。

『さすらいの口笛』[映画『荒野の用心棒 Per un pugno di dollari』主題歌](昭和40年・1965年)

     作曲/エンニオ・モリコーネ

セルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』は、そのタイトルからも察せられる通り、黒沢明監督の『用心棒』(1961年)の設定をパクッて作られたマカロニ・ウェスタンです。
こちらは『荒野の七人』とは違って、再映画化権を取得しないまま製作されたため、後に裁判沙汰になって東宝側が勝訴しています。
その後、『黄金の七人』とか『宇宙の七人』とか、似たようなタイトルの映画がたくさん作られましたが、それぞれの内容がどうだったかまでは確認しきれていません。

『荒野の用心棒』は、昔見たきりビデオも持っておらず、あまりテレビの洋画劇場でも放送されないため、内容はほぼ忘れてしまっています。それでも記憶に残っているのが、アイヌのムックリのような弦音楽で始まる、このエンニオ・モリコーネのユニークな主題曲です。

『荒野の用心棒』と『夕陽のガンマン』で、クリント・イーストウッドとマカロニ・ウェスタンを知りました。
あとから、クリント・イーストウッドはテレビの連続西部劇『ローハイド』に出演していたことを知って、「そうであったか!」と納得しました。

『怒りの荒野 I giorni dell’ira』(昭和42年・1967年)

     作曲/リズ・オルトラーニ

マカロニ・ウエスタンといえば、クリント・イーストウッドと並んで有名なのがジュリア―ノ・ジェンマです。当時は、彼の名前を冠したスクーターが売り出されたりしていました。代表作は『荒野の一ドル銀貨』『夕陽の用心棒』とこの『怒りの荒野』があげられます。
『夕陽の用心棒』なんて、タイトル読んだだけで失笑してしまいますが、しかし、これぞマカロニ・ウエスタン! タイトルごときにこだわってはいられません。

『荒野の一ドル銀貨』はよくテレビで放送されますが、『怒りの荒野』の方はなかなか見る機会に恵まれません。なので、こちらもストーリーとかはほとんど忘れてしまっていますが、リズ・オルトラーニの主題歌だけが鮮烈に脳裏に焼きついています。

『【必殺シリーズ】メインテーマ』[TV『必殺仕事人』挿入曲](昭和54年・1979年)

映画『必殺!THE HISSATSU』松竹、1984年6月16日封切
「必殺シリーズ」通算600回記念作品

     作曲/平尾昌晃

池波正太郎原作の『必殺仕掛人』(1972年)から始まった「必殺シリーズ」ですが、第2作『必殺仕置人』(1973年)に藤田まこと演じる中村なかむら主水もんどが登場すると、この「婿殿むこどの」が嫁姑にいびられる姿が視聴者の心に刺さり、後にレギュラー出演するようになってからは人気が爆発しました。

第3作『助け人走る』(1973年)、第4作『暗闇仕留人』、第7作『必殺仕業人』、第8作『必殺からくり人』、第15作『必殺仕事人』と続き、なんと第30作の『必殺仕事人・激突!』まで続きます。その後も実はまだ続くのですが、私の中では中村主水が主役の座から降りた時点で、必殺シリーズは終わっています。

個人的に好きなのは、「なりませぬ」の妙心尼みょうしんに(三島ゆり子)が登場する第4作『暗闇仕留人』(1974年)です。石屋の大吉との色ごとが始まると、「なりませぬ、なりませぬ」とはじめは拒絶しているかの如くだったのが、しまいには「やめては、……なりませぬ」となるのがルーティンでした。この場面が始まると、「待ってました!」の爆笑タイムでした。

「必殺シリーズ」はどの作品もみんな好きですが、ここでは代表して『必殺仕事人』を取り上げたいと思います。

仕事人たちは、中村主水を除けば、みな表稼業ではなにがしかの職人というプロフェッショナルとしての顔を持っています。裏稼業では、「殺しの職人」として、かんざしで首根っこを突き刺して仕留めたり、三味線の糸で絞首刑にしたりと、それぞれの必殺技を披露するのが見どころでした。このプロフェッショナリズムが、架空の世界観でありながら、颯爽とした印象を与えていました。

中村主水だけは、南町奉行所に奉職している同心なのですが、仕事のできない「昼行燈ひるあんどん」と呼ばれて、上司や同僚から見くびられています。それを隠蓑かくれみのにして、裏稼業の方で実力を発揮するところに、上役へのこびへつらいがはびこり、公正に個人の仕事を評価できない日本型組織への批判が込められていると捉えることができるでしょう。

また、中村主水は、中村家の入り婿であり、「せん」といううるさ型の姑と妻の「りつ」という「戦慄」コンビに、子種の無い種なし芋と呼ばれて、毎回手ひどくいじめられるのもマゾヒスティックなおかしさがありました。最初の頃のこの二人は、本当に怖かったな。

主題曲のトランペットが、いきなりマカロニ・ウェスタン風です。
「必殺シリーズ」の音楽的特徴をひとことで言い表すと、「演歌」と「ウェスタン」のフュージョン(融合)です。第1作『必殺仕掛人』のエンディング・テーマ、山下雄三の『荒野の果てに』を聞いた時から、それは明らかでした。

そういえば、「フュージョン・ミュージック」が流行したのは、まさにこの頃でした。そもそもはジャズ・フュージョンから始まったのですが、その後はいろいろなミュージック要素のフュージョンが実験され、「必殺シリーズ」において、平尾ひらお昌晃まさあきによる「演歌ウェスタン」(ミロ命名)が誕生したのは画期的なことでした。

「必殺シリーズ」では、シチュエーションや登場人物ごとにそれぞれの「テーマ」曲が与えられて、ドラマを盛り上げていました。その曲調はすべて「演歌ウェスタン」と言っていいでしょう。
そのうちの代表的なものを次に紹介します。

『【必殺シリーズ】出陣のテーマ』[TV『必殺仕事人』挿入曲](昭和54年・1979年)

     作曲/平尾昌晃

仕事人たちが「仕事」(殺し)に「出陣」する時に流されるテーマ曲です。「お待ちどおさま! 始まるよ!」ってなもんです。 

『【必殺シリーズ】殺しのテーマ』[TV『必殺仕事人』挿入曲](昭和54年・1979年)

     作曲/平尾昌晃

仕事人たちが、それぞれの得意技で「仕事」にかかる時に流れる曲です。

『【必殺シリーズ】中村主水のテーマ』[TV『必殺仕事人』ほか挿入曲](昭和54年・1979年)

     作曲/平尾昌晃

八丁堀同心にして仕事人の中村なかむら主水もんどの「仕事」が始まる時に流れるのが、『中村主水のテーマ』です。哀愁をたたえながらも不退転の「殺し」に向かう、中村主水の淡々とした心意気が表現されています。

1とか5とか、安すぎる仕事料の時でも、依頼者の恨みつらみを身に引き受けて、相手がどんな権力者であっても決然と殺します。そんな時は、殺しの現場に千両箱が積み上がっていて、小判がぶちまけられることもよくありますが、それに手を出すことは決してありません。それが殺しのプロフェッショナルとしての矜持きょうじなのでしょう。

『ワルキューレの騎行』[映画『地獄の黙示録 Apocalypse Now』挿入曲](昭和54年・1979年)

アーサー・ラッカム『WAGNER’S”RING”』より、ブリュンヒルデワルキューレたち

私が初めて買ったクラシック音楽のレコードがワーグナーの『ワルキューレの騎行』でした。フランシス・コッポラ監督の映画『地獄の黙示録』(1979年)で、はじめてこの曲を知りました。

この1曲ですっかりワーグナーに夢中になり、『ワルキューレの騎行』もその一部である組曲『二-ベルングの指輪』や『さまよえるオランダ人』、『トリスタンとイゾルデ』などを次々に漁って行きました。
ワーグナーに心酔した狂王を描いた、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画『ルートヴィヒ 神々の黄昏たそがれ』(1972年)も、これがきっかけとなってテレビの洋画劇場で見ました。

ワルキューレの騎行

空飛ぶ駿馬しゅんめに乗り、ワルキューレ(戦乙女いくさおとめ)たちは山頂に集結します。ワルキューレは、神々の長ヴォータンと人間の間に生まれた13人の半神半人の娘たちです。
彼女たちは、さまざまな戦場から集めた戦死者たちを伴い、ヴァルハラ(北欧神話に登場する戦死者の館で、最高神オーディンの居所)へ戻ろうとしています。ヴォータンは、世界中の戦死した勇者たちをヴァルハラに集め、ヴァルハラを強化しようとしているのです。
ところがブリュンヒルデ(ワルキューレたちの長姉)が遅れており、ワルキューレたちは不安げに彼女を探しています。ブリュンヒルデは父神ヴォータンが人間の女性に産ませたジークリンデを連れて来て、ヴォータンの怒りを買います。ジークリンデは双子の実の兄ジークムントの子どもを身ごもっていました。
ブリュンヒルデはヴォータンによって天界を追放され、岩屋で眠りに封じ込められて、岩屋の廻りを火焔で包んで誰も近づけないようにされてしまいます。
彼女を救いだすのは、ジークリンデが産むことになるジークフリートなのですが、それはまだ、ずっとあとのことになります。

     ヘルベルト・フォン・カラヤン/指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/演奏 

     [映画版]リヒャルト・ワーグナー/作曲 サー・ゲオルグ・ショルティ/指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団/演奏

映画『地獄の黙示録』では、騎馬から戦闘ヘリに乗り換えたアメリカ空軍騎兵隊第一中隊が、ソニーのオープンデッキでワーグナーの『ワルキューレの騎行』を大音量で鳴らしながら、ベトナム人たちを空から虐殺します。

アメリカが13年かけて600万人のベトナム人を殺戮した後、ワルキューレたちは、5万8千人の死んだ米兵たちを引き連れて飛び、アメリカのヴァルハラ・ホワイトハウスへと送り届けることになります。

今また、ロシア-ウクライナ戦争やイスラエルによるガザでの無差別殺戮とパレスティナへの侵略、アメリカとイスラエルの独裁的な指導者によるイラン攻撃によって、世界的に「地獄の黙示録」が再開されようという兆候が見えてきています。

ワルキューレたちは、「また忙しくなって来たぞ。がんばらなくっちゃ」と気合を入れているかもしれません。

『八甲田山』(昭和52年・1977年6月18日封切)

「その日、八甲田は、この世の終わりのように咆哮した!」

映画『八甲田山』(東宝、昭和52年・1977年)は、私が年に一度は見返す映画の一つです。

日露戦争が切迫する時代を背景に、ロシアによる交通インフラ攻撃を想定して、弘前歩兵第三十一連隊と青森歩兵第五連隊は、冬の八甲田山系踏破の成否を確かめるため雪中行軍を敢行します。両連隊は、山中で行きう形のルートを取ることになります。

弘前第三十一連隊は総数37名(映画とは異なるが実数)の少数精鋭の小隊編成、対して青森第五連隊は、大隊本部を含む総数210名という変則的な中隊編成でした。

青森第五連隊の当初の行程は、

青森─→幸畑こうはた─→田茂木野たもぎの─→小峠ことうげ─→田代たしろ

田代には新湯という湯治場があり、兵隊たちは一杯やって温泉につかることを楽しみに行軍していました。計画では1泊2日、小峠から田代までは二里半(約10キロ)で、順調なら2時間ほどと見込まれていました。

しかし天候は急変して、風雪は激しく、気温も急降下し、携行していた握り飯は凍りついて食べられなくなります。帰隊の検討が現実味を帯びる事態となりました。

それでも引き返す決断はなされず、青森第五連隊は「白い地獄」へと突き進んでいきます。ここで撤退していれば大惨事は避けられたかもしれません。軍人としての面子や、弘前第三十一連隊への対抗意識が判断を曇らせたのかもしれませんし、何より彼らは冬の八甲田の真の恐ろしさを知らず、山を侮っていたのだと思います。

結果、青森第五連隊は3昼夜、吹雪の中をさまよい、210名中199名が死亡。一方、弘前第三十一連隊は11泊12日の行軍を完遂し、37名全員が無事に帰還しました。この明暗を分けたものは何だったのでしょうか?

弘前第三十一連隊の徳島大尉は、冬の八甲田の危険を熟知し、雪中行軍を成功させるには民間の力も必要と判断。途中の村で案内人を雇い、ほぼ全行程で先導者を付けて行軍しました。そのため、吹雪の中でも道に迷うことはありませんでした。

一方、青森第五連隊は、途中の村で村の長から危険を警告されながらも、大隊長は「お前たちは案内料が欲しくてそんなことを言うのだろう!」と一蹴してしまいます。これは記録に残されている事実です。
さらに映画では、「軍には地図と羅針盤というものがある。案内人などはいらん」とまで言わせていますが、吹雪の中では地図は開けず、羅針盤も極寒で機能しなくなります。

すでにこの時点で、大隊長が現場指揮官である神田大尉の指揮権に干渉し、指揮系統を混乱させていました。これが後に進路の迷走を招く大きな要因となりました。


『八甲田山』は、私が大学生の時、今はない仙台日乃出劇場で、高校一年生だった弟といっしょに見た映画です。本当はアニメ映画『宇宙戦艦ヤマト』を見る予定だったのですが、すでに前日で上映が終了していたのを当日知り、やむなく『八甲田山』に変更したという事情がありました。

弟は高校に入学して間もなく、体調不良で休むようになっていました。町医者から大学病院で精密検査を受けるように言われ、その結果、特発性心筋症と診断されました。
しばらく大学病院に入院していましたが、症状が回復して退院して来たので、お祝いを兼ねて映画に連れて行ったというわけです。
夏休みのバイトで稼いだ金があったので、奮発して昼飯に味噌チャーシュー麺をおごったりして、私としてはせいぜい兄貴らしいところを見せた積りでいました。

翌年、1月の雪の降る深夜に、弟は十六歳でこの世を去りました。

特発性心筋症は当時、難病指定されていて治る見込みのない病気でしたが、両親はそれを私に黙っていたため、亡くなるまで知りませんでした。

私にとって『八甲田山』という映画は、たった一度だけ弟と一緒に見たという思い出とつながっていて、いまでも胸に痛みを覚えることなしに見ることができない映画となっています。

     作曲/芥川也寸志

「八甲田雪中行軍遭難事件」のおさらい

『ジェルソミーナ Gelsomina』[映画『道 La Strada』主題歌](昭和29年・1954年)

     作曲/ニーノ・ロータ

フェデリコ・フェリーニ監督の映画『道 La Strada』は、『七人の侍』や『ゴジラ』と同じ昭和29年(1954年)の公開です。
最良の映画は、この年にすでに出揃っていたんだな。

ニーノ・ロータによる哀愁漂う主題歌『ジェルソミーナ Gelsomina』を聞きながら、映画のあらすじを振り返ってみましょう。

イタリアの貧しい漁村。純粋だが少し頭の弱い娘ジェルソミーナ(ジュリエッタ・マシーナ)は、窮迫した家計を助けるために、大道芸人ザンパノ(アンソニー・クイン)に売られていきます。
ザンパノは、胸に巻いた太い鎖を胸筋で引きちぎる芸を売りに、トレーラー付きバイクで旅をする男です。トレーラーは鍋や楽器などの置き場所であり、ベッドルームでもあります。

ジェルソミーナは太鼓をたたいて口上を言ったり、ラッパを吹いてコメディを演じたりと、厳しく芸を仕込まれます。最初の夜に、ザンパノは無理やりジェルソミーナと寝ます。しかし、翌日には酒場で知り合った赤毛の女ローザを追い回して、ジェルソミーナを悲しませます。
「ローザにもおんなじことをしたの? あなたって女遊びする人?」

ザンパノは彼女を人間扱いせず、暴力と身勝手な振る舞いを繰り返しますが、ジェルソミーナは自分の存在意義を見出せずに悩みながらも、彼に寄り添い続けます。

やがて二人はサーカス団に入り、綱渡り芸人「イル・マットキ印)」(リチャード・ベースハート)と出会います。天使の羽を背負い、空中でスパゲッティを食べる奇妙な芸人に、ジェルソミーナは心を奪われます。

「キ印」もジェルソミーナに興味を示して、いろいろ話しかけたり、口説いたりします。でも、ジェルソミーナはすっかり自信を無くしていて、「自分なんて死んだほうがいい」と言って泣きます。
「キ印」はそこら辺に転がっていた小石を拾って来て語ります。
「こんな小さな石でも、何かの役に立っているんだ。もしこれが無益なら、星だって無益だ。神様はすべてを知っておられる」
ジェルソミーナも小石のように、気付かないうちに誰かの役に立っているのだと言い聞かせます。
この言葉はこれ以降、彼女の心の支えとなります。

しかしザンパノと「キ印」は折り合いが悪く、騒動の末にザンパノは警察署で留置され、二人はサーカスを追われます。団長はジェルソミーナに、一緒に来たければ来てもいいと言いますが、ジェルソミーナはザンパノのそばにいることを選ぶのでした。

ジェルソミーナの気持を知った「キ印」は、
 〽ジェルソミーナ ジェルソミーナ……
と、彼が作った歌を歌いながら別れて行きました。

旅の途中、再び「キ印」と出会ったザンパノは怒りに任せて殴りかかり、彼を死なせてしまいます。死体を隠し、証拠を消すザンパノ。その後、ジェルソミーナは衝撃から立ち直れず、「キ印が苦しんでいる」とうわごとを繰り返します。

荒野で火を囲む夜、ザンパノが「母親の所に帰りたいか?」と問うても、彼女は「私以外に誰があんたといるの?」と答えるだけ。やがて彼女が眠ると、ザンパノは毛布と金を残し、そっと置き去りにします。

数年後、ザンパノは海辺の町で芸を続けていました。
ザンパノが散歩に出ると、どこからか女性のハミングが聞こえて来ます。それがかつてジェルソミーナが好んで歌っていたカンツォーネであることに気が付き、彼は歌い主を探します。歌っていたのは、洗濯物を干している女で、ジェルソミーナではありませんでした。ザンパノは「その歌はどこで覚えた?」と女に話しかけます。
「ずっと前にいたが歌っていたの。4、5年くらい前かしら。死んだわ。かわいそうに」
女の父親が、砂浜で倒れているその女を家に連れてきましたが、衰弱していて、何も語らず、何も食べずに、泣くばかりでした。体調がよい時に日向ぼっこをして、「ありがとう」と言ってその曲をラッパで吹いていたということでした。朝になってもその女は目を覚まさなかったと、女はザンパノに語りました。

ザンパノはすさみ、酒場で暴れ、「俺はひとりでいいんだ」と叫びます。しかし夜の海辺で、彼はついに崩れ落ち、砂浜に突っ伏して声を上げて泣きます。

海はジェルソミーナの故郷。ザンパノもまた、そこで彼女を思い出したのでしょう。
暴力だけで生きてきた男は、「キ印」の死を引き金に、ジェルソミーナまでも失いました。そして初めて、自分がひとりではなかったことに気づきます。

本当に大切なものは、失って初めて分かる。 
だが気づいたときには、もう戻らない──。
ラストのザンパノの長い慟哭どうこくは、その残酷な真実を物語っています。

映画 「道 La Strada」 淀川長治さん解説

「頭のいかれた女の子」という淀川さんの言い方に、なぜかほっとします。ジェルソミーナのことを「精神薄弱者」とか「知的障害」とか書かれているのを見ると、その冷酷な表現に背筋がぞわっとしてしまいます。
ちがう! ジェルソミーナはちょっと頭がいかれてるだけなんだ! ファンキー・モンキー・ベイビーなんだ!

これで『昭和百年・新日本童謡集』は終わります。
一つ一つの「童謡」との出会いをたどっていただければ、私が「童謡」から得て来た想いとその深化が理解していただけると信じています。だから、「一つの思想」としてまとめることはしないでおきます。

このあと何を書くかは、まだ決めていません。「忠臣蔵」とか、「言葉狩りの歴史」とか、そこらへんになりそうな気もするし、全く別なことを思い付くかもしれません。これまで書き散らしてきた記事で、途中のままのものもあるので、とりあえず、そこも埋めなくちゃとも思っています。

それでは皆さん、さよなら、さよなら、さよなら!

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