「おだづもっこ」という方言の意味を考える──NHK『おやすみ日本 眠いいね!』

宮藤官九郎が「おだづもっこ」について『おやすみ日本』で語っていた話

巨大人形「モッコ」が今、東北から東京を目指して歩いている。

モッコの身長は約10メートル! 巨大なあやつり人形だ。

これは東京オリンピック開催に合わせて、「東北復興」をテーマに掲げて展開中のイベントなのだが、それについて7月11日放送の『おやすみ日本 眠いいね!』(NHK総合)の中で、MCを務める宮藤くどう官九郎かんくろうが語っていた。

本計画のプロデューサーである箭内道彦やないみちひこから持ちかけられて、宮藤が人形を「モッコ」と命名したということだった。
「しあわせはこぶ旅 モッコが復興を歩む東北からTOKYOへ」のホームページに、命名理由について宮藤が書いているので引用しよう。

僕の生まれた宮城には「おだづもっこ」という方言があります。いつもふざけている、お調子者、という意味です。例文「文具屋の一人息子は昔からどうしようもない“おだづもっこ”だったがとうとう東京さ行って演劇やってるそうだ」「もっこ」の語源は「持ち籠」らしく、みんなの思いを籠に集めて旅する存在として、Moccoと名づけました。

だいたいこの通りのことを、宮藤は番組内でも語っていた。
だが、「ちょっと待ってくれ!」と、私は言いたい。

運搬用具の「もっこ」が「持ちかご」から来ているというのはその通りだろうが、「おだづもっこ」の「もっこ」は、運搬用具の「もっこ」とは無関係である。

「モッコ」についての柳田國男の考察

日本民俗学の草分けである柳田やなぎた國男くにおは、『妖怪談義』(昭和31年刊)の中で、東北地方に伝わる「モウコ」という言葉について考察しており、そこには「モッコ」という言葉も含まれている。

柳田によれば東北六県を越えて各地に、「モウコ」とそれに似た言葉が伝わっているという。
・モウコ(岩手県大槌、山形県各郡)
・モッコ(岩手県、秋田県)
・アモコ(外南部)
・モウ(山形県各郡)
・モウカ(仙台)
・マモウ(福島県岩瀬郡)
・モカ(越後)
・モモッコ(出雲崎付近から富山県北部まで)
・モウカ(石川県金沢)
・モウまたはモンモウ(能登)
・モッカまたはモモカ(犀川上流の盆地)
・モンモ(天竜水域、甲州)
・モーンまたはモーンコ(静岡市以西)
・モモンガーまたはモモンジー(静岡県東部)
これらの方言はいずれも「怖ろしいもの、お化け」を意味する言葉だという共通点がある。

なぜ、モウコやモッコなどの言葉が「お化け」を意味するようになったのか?

モウコまたはモコという名称なども、近頃文学を解する者はほぼ一致して蒙古のことだというようになっているが、それは弘安の役などの歴史知識が、普及せぬ以前には考えられそうにもなく、たまたまそういう説を立てても記憶せられそうにも思えぬから、起源のよほど新しいものと見ることができる。

(「妖怪古意――言語と民俗の関係」『国語研究』昭和9年4月、『妖怪談義』所集)

このように「モウコ=蒙古説」を、柳田國男は批判している。
しかし、「蒙古」ではない、何か同じ一つの言葉から発生して、それぞれの地方に変化しながら伝播した可能性は高いとしている。

さらに柳田は、オバケの地方名は大きく分けて三つの系統に分かれているという。
一つは今見てきた東北地方に多く見られる「モウコ・モコ・モッコ」系のもの。
二つ目として、九州・四国から近畿地方にまで広がる「ガ行の物すごい音」から成っているもの。
・ガゴ、ガモまたはガモジン(鹿児島県)
・ガゴーもしくはカゴ(肥後人吉辺)
・ガンゴ(日向・椎葉山)
・ガンゴウ(佐賀とその周囲)
・ゴンゴ(周防山口)
・ガガモまたはガンゴ(伊予大洲付近)
・ガンゴー(伊予西条)
・ガンゴ(奈良)
・ガーゴン(越中富山周辺、五箇山)
・ゴッコまたはガゴジ(茨城県)
三つ目は、モーとガンゴとの結合したもの。
・ガモ(九州薩摩)
・ガモジョ(九州長崎)
・ガモチ(紀州熊野)
・ガガモ(飛騨)

ここからが柳田國男の本領発揮であるが、柳田は三つ目が一番古い形であって、あとのふたつはそこから分かれて出たものだろうという仮説を述べている。

我々のオバケは口を大きく開けて、中世の口語体に「もうぞ」といいつつ、出現した時代があったらしいのである。その声を少しでもより怖ろしくするためには、わがくにではkをg音に発しかえる必要があり、また折としてはそのg音をままなく(どもる)必要もあったかと思われる。それが今日のガモまたはガガモの元だということは、昔を考えてみれば必ずしも無理な想像ではない。私などの幼ない頃の言葉では、妖怪はバケモンでありまたガゴゼであったが、なお昔話中の化物だけは、やや古風に「取ってかも」といいつつ現れた。カムという言葉が端的に、咬んでむしゃむしゃとたべてしまうことを意味したのである。(前揭書)

つまり「もうぞ」とは「喰っちゃうぞ!」という意味になる。
柳田は、お化けが現れるときに口にするこの「もうぞ」という言葉から、すべてのお化けを意味する方言は派生したと考えた。

最初は「もうぞ」だけで恐れた者も、だんだんれてしまって恐れなくなる。
そこで「ガモウゾー」のようにk音をg音に変えることで恐ろしさを演出した。
それがさらに「ガガモウゾ」のように、g音を重ねることも行われるようになっていく。
その過程で、前半の「ガガ」の部分を強調するものと、後半の「モウゾ」を強調するものと、イントネーション的に分かれてゆき、第1のタイプと第2のタイプとが生まれてきたと考えた。

私は「おだづもっこ」の「もっこ」は、このお化けを意味する方の「モッコ」だと思っている。
運搬用具の「モッコ」? 何でそうなるかな・・・

「おだずもっこ」について私はこう考える

私も宮藤官九郎と同じ方言圏の住人なので、高校の先輩にもあたっているし、「おだづもっこ」という言葉は、幼ない頃からなじみのある言葉である。

「おだづ」という方言は、「ふざける」「調子に乗る」という意味であり、標準語の「おだてる」や「おだをあげる」という言葉の「オダ」から派生したものだと想像できるし、意味的に近縁のものである。
「おだづなよ!」と言えば、「おだを上げるんじゃない」「調子に乗るな」という意味になる。

ほかに「モッコ」を使った方言はないか考えていたが、思い出した!

「ちょすもっこ」という言葉があった!

「ちょす」とは「触る」という意味の栗原の方言である。触ってはいけないものに、さわりまくったりすると、「ちょすもっこにすんな!」と叱られたものである。

「ちょすもっこ」の「もっこ」は、「おだづもっこ」の「もっこ」と同じものだと思う。

どちらも、常識的なレベルを超えて「過剰な行為」をネガティブに表現したものになっている。「非常識」「非現実」といった潜在的な意味を帯びている言葉である。

日常的な規範を越えた者に対して「モッコ」(化け物)という烙印らくいんを押したのが、「ちょすもっこ」であり「おだづもっこ」という言葉ではなかったか?

ほとんどこの結論を、私は疑っていない。

インターネット検索の限界

この記事を書くにあたり、私は「もっこ」と「おだづもっこ」を、インターネットで検索してみた。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』では、

(もっこ、ふご)とは、縄、竹、蔓(つる)などを網状に編んだ運搬用具。

津軽地方では、「お化け」という意味がある。この「もっこ」は蒙古に由来し、過去の蒙古襲来の恐ろしさを伝えたものである。

とあり、かなり「モッコ」の意味に迫ってはいるが、柳田國男が批判している「蒙古説」を鵜呑うのみにした解説となっており、誤解を広めることに一役買う結果となっている。「モッコ」系統の方言の地理的広がりについても、言及されていない。

「おだづもっこ」の方は、『weblio辞書』に、

《仙台弁》【名】お調子者

とある。
決して間違いではないが、「おだづもっこ」即「お調子者」と説明してしまうのは、柳田國男が「モウコ」等をすぐに「化け物」としてしまうことに危惧を感じたように、何か大切なものを振り捨ててしまっているような気がする。

……方言のモウコ、ガゴジ、ガモジョ等を、ただちに標準語のお化けまたは化け物に引き直すことはすなわちまた常民信仰史の眼に見えぬ記録の数十頁を、読まずにはね飛ばしてしまうような不安がある。方言は早晩消滅すべきものであろうが、残っているうちは観察しなければならぬ。そうしてその意義を尋ねるのが学問だと思う。(前揭書)

宮藤官九郎もまた、きっとインターネットで言葉の意味を検索しただろうと思うが、ネットの記述がこの程度であれば、なかなか真相にはたどり着けなかっただろうと推察される。インターネット検索の限界、学問の必要ということを、改めて感じた次第だ。

★7月18日まで、見られます!
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NHK「おやすみ日本 眠いいね!」7月11日放送分