クマガイソウとアツモリソウ

これから花の話をしようというわけですが、
今日のテーマは「クマガイソウとアツモリソウ」です。

そのために、少しだけ、
日本の歴史を「平家物語」の時代にまでさかのぼる必要があるんです。

えっ! 花の話のために、
歴史の話まできかなくちゃならないの?
と思うかも知れませんが、
まあ少しの間お付き合いください。

そうしないと、
なんでこの花がクマガイソウであり、
またアツモリソウなのか、
わかんなくなっちゃうんですね。

クマガイソウ

時は源平合戦げんぺいがっせんの頃、
おごる平家に源氏武士団が反旗をひるがえし、
日本中を源氏の白旗と平家の赤旗の真っ二つに割って戦いました。

ちなみにNHK紅白歌合戦は、
この源平合戦を下敷きにしてのネーミングなのは、
皆さん、ご存知のことと思います。

長い戦いに決着がついたのは、
一の谷合戦かっせんにおいてでした。

源義経が騎馬軍団をひきいて、
鵯越ひよどりごえの断崖を逆落さかおとしに攻め込み、
意表を突かれた平家の主力を蹴散けちらしました。


平家は散り散りになって、
沖にのがれようと船に殺到します。

源氏方の猛将、熊谷直実くまがいなおざねは、
平家の大将首を求めて、
須磨の浦の浜辺を探索していました。


その時、直実の目に飛び込んで来たのは、
沖に浮かぶ船をめざして、
馬に乗って水際を駆けてゆく、
一人の平家の武将でした。

身に付けている具足から、
かなりの身分の者であることがうかがわれました。

直実は呼び留め、
名乗りを上げて一騎打ちを申し入れると、
平家の武将はきびすを返して直実に向ってきました。

直実はなんなく武者をひっつかむと馬から落して、
組み敷いてしまいました。

首を取ろうとかぶとを押し上げると、
そこにあったのは、
16歳の我が子小次郎ほどの年齢の、
若武者の顔でした。

直実は一瞬助けようと思い、
名を尋ねましたが、
「名乗らずともこの首を打て。人に尋ねればわかるであろう」
と答えるのみ。

そのうちに味方の武者たちが近づいて来ます。
自分が討たなければ、他の誰かに討たれるだけ。
それならばせめて自分の手で、と考え、
直実は泣く泣く若武者の首を落としました。

この若武者こそ、
無官むかん太夫たゆう」と呼ばれた平敦盛たいらのあつもりでした。
敦盛は、平清盛の弟、経盛の息子で、
若干16歳とも17歳だったともいいます。
直系の貴公子ですね。

討ち死にの折、
横笛「小枝さえだ」(一説に「青葉」)を帯びていたことも、
平家の公達きんだちらしいゆかしさを感じさせます。

ここで1曲どうぞ。
画像をクリックすると始まります。

「青葉の笛」
大和田建樹/作詩 田村虎蔵/作曲

一の谷のいくさ 破れ
討たれし平家の 公達きんだちあわれ
あかつき寒き 須磨の嵐に
聞こえしはこれか 青葉の笛

『平家物語』の中の、
「敦盛最期」という一章にある物語です。

ここに出て来る熊谷直実と平敦盛から名付けられたのが、
クマガイソウとアツモリソウなわけです。

どちらもラン科アツモリソウ属の花です。
絶滅危惧種の指定を受けています。

柳田国男やなぎたくにおの『遠野物語』には、
アツモリソウはカッコ花という名で出てきます。
当時の遠野地方には、
まだアツモリソウが豊かに自生していたようです。
なんか、うらやましい。

アツモリソウ

大きな唇弁しんべんが特徴で、
これを熊谷直実と平敦盛の母衣ほろに見立てたと言われています。
ピンクがかった花色の方が平家の敦盛で、
白っぽい花色の方は源氏の熊谷直実というわけです。

母衣というのは、
武者が背に垂らした布で、
騎馬で疾駆すると風をはらんで、
流れ矢を防ぐ防具となります。

黒沢映画などで、よく見ることができます。

舟木一夫『敦盛哀歌』

『敦盛哀歌』は舟木一夫のヒット曲です。
こちらもぜひどうぞ!

この曲を検索していて、
You Tubeには、
舟木一夫のヒット曲のほとんどが投稿されていることを知りました。
西郷輝彦や三田明もあります。
すっかり昭和歌謡史にひたりきっちゃいました!

ところで、この物語にはまだ後日談があります。
敦盛を討った直実は、
武士の生き方に無常を感じ、
ほどなく法然ほうねんの弟子となり、
出家してしまいます。

たくさんの寺を建て、
また敦盛の供養くようもしています。

我が家の庭には、
数年前に1株だけ植えたクマガイソウが、
いまでは10数株に殖えて群生しています。
バラの後ろの半日蔭の環境が気に入ったらしく、
ほとんど植えっぱなしで元気に育っています。

アツモリソウも何度か入手しようと思ったことがありますが、
暑さにかなり弱いらしいことと、
値段が目が飛び出るほど高額なために、
いまだに決断しかねています。

それでも一度は育ててみたいと、
じつは今でも思い続けているんです。