ヴィタ・サクヴィル=ウエスト Vita Sackville-West

経験と教科書がくい違ったら、教科書に逆らうのがいい園芸家だ。

イギリスの当時のベストセラー作家にして詩人、園芸家である、ヴィタ・サクヴィル=ウエスト(1892~1962)の言葉。

1930年にシシングハースト城を購入し、英国一美しいと言われる庭園を、外交官にして作家である夫のハロルド・ニコルソンといっしょに、30年かかって作り上げました。ランブラー・ローズ、アイスバーグ、リーガルリリー、アルテミシア、マーガレットなどの白い花とシルバーリーフだけを集めたホワイトガーデンで世界中に知られています。

彼女の著書である『あなたの愛する庭に』(ヴィタ・サクビヴィル=ウエスト著、食野雅子訳、婦人生活社)から、2~3の興味ある事柄について触れてみたいと思います。

この本で彼女は、“怠け者の園芸家”擁護の文を書いて欲しいというある男性からの手紙を紹介しています。それを見た瞬間、「えっ。それって俺じゃない!?」と思わずドキッとしてしまいました。

これは、私のガーデニングの考え方とはぜんぜん違うので、最初は愕然とした。でもちょっと考えてみたら、この人の主張も一概に非難できないと思った。彼はこう言う。「怠け者の園芸家には、庭を眺める時間と気持ちの余裕と楽しみがあるが、一方、活動的な園芸家には仕事があるだけで、忙しすぎて楽しむ余裕がない」。これには一理ある。また、整理整頓はいきすぎに通じるというのも本当だ。(引用は前褐書より。以下同)

分かってくれて、ありがとう!って、何で俺が御礼を言っちゃってるの?(笑)

この本は、至る所に彼女の独自の視線が感じられるとともに、今でも役に立つたくさんの実践的な提案に溢れているのが魅力です。
一つ一つの植物への向き合い方が濃密で、「活動的な園芸家」でありながら、これだけの文章を残せたところに、彼女の凄味を感じます。

戦争中、手をかけられなかったハーブガーデンを、今、作り直している。戦争中は、台所を出たところにテーブルクロスほどの大きさのハーブガーデンを作り、チャイブを2~3株、ラビッジ1株、タイム少々、アップルミント少々、それにガーリックを1株植え、それを何とか維持した。このくらいあれば、頭を使う料理人ならちょっと外へ走り出て、急いで何かつまんできてサラダやサンドイッチに加えることができた。すると客は、「この中にいったい何が入っているの?」と聞くのである。
 私の答えはいつも「ハーブよ」の一言だった。
 なぜイギリスの女性は、料理にもっとハーブを使わないのだろう。ハーブは栽培が簡単だし、場所もほとんど取らない。そしてほんの少し加えるだけで、料理がすっかり変わるのに。

1946年12月22日の記事です。第2次大戦の終結の翌年ですね。
イギリスの家庭というとどこでもハーブが植えられているようなイメージはありませんか? 
でも、この記事をみると、ハーブガーデンがイギリスであちこちに作られるのは、これ以降のことだということが伺われます。

そういえば、ガートルード・ジーキルがネブワースのためにデザインしたハーブガーデンというのがあって、これが実際に彼女の設計図通りに作られたのが、75年後の1982年だったという一例があります。


現在、世界中から観光客が訪れるイギリスの名だたる庭園も、第1次大戦、第2次大戦と続いた戦争のために、荒れ放題だったと言うことです。
一般家庭の庭も、自給自足のために野菜は植えても、ハーブを植えるスペースはなかったのかも知れません。
いずれの国も、銃後の風景は似たり寄ったりだったようです。
そんな最中にも、彼女のハーブへのこのこだわりは、やはりただ者ではありませんね!

ヴィタ・サクヴィル=ウエストというと、なにかと話題に事欠かない女性で、彼女の夫であるハロルド・ニコルソンとは生涯深い愛情で結ばれていたと言うことですが、実はこの二人、それぞれが同性愛の友人を持っていたことでも有名です。

とくに彼女の友人は、英国文学ファンならよくご存知のヴァージニア・ウルフでした。

ヴァージニア・ウルフ(1882~1941)女性小説家、評論家。
<代表作>
『ダロウェイ夫人』
『灯台へ』
『オーランドー』
『波』

特に園芸ファンが注目したい作品は『オーランドー』です。

オーランドーとは何者?
36歳の女性にして360歳の両性具有者、エリザベス1世お気に入りの美少年、やり手の大使、ロンドン社交界のレディ、文学賞を受賞した詩人、そしてつまりは…何者?
性を超え時代を超え、恋愛遍歴を重ね、変化する時代精神を乗りこなしながら彼/彼女が守ってきたもの。
奇想天外で笑いにみちた、再評価著しいウルフのメタ伝記。(「BOOK」データベースより)

この女性へと転生する美少年のモデルこそ、ヴィタ・サクヴィル=ウエストなのです!
この二人の関係がどういうものだったか、よくは知りませんが、そんなことにも思いを巡らしながら、ヴァージニア・ウルフをこの冬はじっくり読んでみたいなあ!と思っているところです。