戦後70年

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仲田三孝を探して──「やくざ小唄」

「やくざ小唄」と「八九三ぶし」 『浮浪児の栄光』の「資料編」その6。今回は「やくざ小唄」についてです。  ヤクザになるなよカタギになれと きょうもあの娘が泣いていた だけどおいらはカタギになれぬ ヤクザ渡世の義理があるという歌...
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「吉原エレジー」と「お座敷小唄」の謎

『浮浪児の栄光』の「資料編」その5。今回は「吉原エレジー」についてです。 「思い起こせば三歳(みとせ)前、村がキキンのそのときに、娘売ろうかヤサ売ろか、親族会議がひらかれて、親族会議のその結果、娘売れとのごしょぞんに、売られたこの身...
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『浮浪児の栄光』の「栄光」を考える

佐野美津男『浮浪児の栄光』をずっと見てきたが、今日は表題通り、『浮浪児の栄光』というタイトルの「栄光」が意味するものは何なのか? を考えてみたいと思う。どこかで、タイトルとちがってこの作品には「栄光」がでてこない、という読者の感想を読んだ...
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「暁に祈る」事件と「朝日新聞」

『浮浪児の栄光』の「資料編」その4。今回は、「暁に祈る」について、です。 『浮浪児の栄光』──佐野美津男の不良少年入門 佃島のはなしによると、現実の鐘の鳴る丘は、信州のタテシナ高原にあって元の名をタテシナ訓練道場。センコウたち...
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『鐘の鳴る丘』とフラナガン神父

今日は前回の続きになりますが、『浮浪児の栄光』の「資料編」その3ということでいきます。 『鐘の鳴る丘』㐧一篇「隆太の巻」(昭和23年11月29日封切)は『浮浪児の栄光』──佐野美津男の不良少年入門で紹介したので、きょうは気になるその続きを...
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『鐘の鳴る丘』──まぼろしの「蓼科訓練道場」

今回も『浮浪児の栄光』の「資料編」その2です。『浮浪児の栄光』──佐野美津男の不良少年入門 「おれ」がネリカンから脱走し、横浜でのゴトが終わったあと、伊勢佐木町でみた映画が『鐘の鳴る丘』でした。NHKラジオの人気連続ドラマ(昭和22...
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「ネリカン・ブルース」の変遷

『浮浪児の栄光』の「資料編」として、「ネリカン・ブルース」の変遷を取り上げたいと思います。 『浮浪児の栄光』──佐野美津男の不良少年入門で紹介した『練鑑ブルース』は、基本形のフル・バージョンですが、このほかにも「大阪少年鑑別所」バー...
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『浮浪児の栄光』──佐野美津男の不良少年入門

「浮浪児」について調べている過程で、この一冊と出会った。『浮浪児の栄光』(小峰書店 1983、初出1962)、著者の名は、佐野美津男。あれ? この名前、どこかで聞いたことがあるぞ。どこだっけなあ! 思い出せない。 ウィキを見てみたら...
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GHQは日本で「何を」やっていったのか?

きょうは、占領期間中にGHQがなにをやっていったのか、駆け足になりますが見てみたいと思います。 わが国が歴史上初めて味わった「敗戦」と「占領」という屈辱の、おおまかなイメージを把握することにここでは主眼を置き、早くつぎの「各論」へ行...
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「平和ボケ」と「戦争ボケ」

「平和ボケ」という言葉が氾濫するようになって久しいが、これはいつ頃、誰が最初に使ったものだろう? たしかに、石原慎太郎が言うように、じっさいにミサイルの数発が都市住民の上に降り注がないと目が覚めないほど、われわれの「平和ボケ」は重症...
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