大災害時の言葉~勝間和代

ども。ミロです。
言葉って奴は、周りの状況次第で受け取られ方が変わってしまうから、
特に今回のような大災害時に発せられる言葉っていうのはすごく気を使います。

「がんばれ」っていう言葉が、被災者に向けて言うのはどうか? と、
最近問題視されていますが、
マスコミや被災地応援メッセージを発信する人たちに、
ようやく反省するだけの平常心がもどったということでしょうね。

被害のレベルが大きすぎて、被災地以外の人々もよほど浮足立っていたと思われます。

「がんばれ」という言葉は、被災地を支えようとする人々に対して言う言葉であって、
被災者その人に対しては言ってもしようのない言葉でしょう。

家も無く、職も無く、昨日まで一緒にいた家族まで奪われた人に、
何をがんばれというのでしょう?
彼らは今日を生きるだけで必死です。
明らかに思いが上滑うわすべりしているとしか言いようがありません。

今被災者に必要なのは、そういう言葉ではないだろうな。

ほかにも、有名人たちが発した言葉に???だったんですが、
指摘するのは自粛して来ました。
多少ズレていると思ってはいても、発信者の思いの真剣さに敬意を表して。

多少は事態が落ち着いて来た今だから、ちょっと振り返っておきたいと思います。

わたしも活躍に注目しているある俳優が、
世界中があなたを見てる、あなたは日本人の代表なのだから頑張ってほしい、みたいなメッセージを発していました。

それは違うだろう? それを聞いてる被災者はほとんどいないだろうからいいけど、
被災者には何の関係も無い責任を被災者に追わせるような発言で、問題あるなと私は思っていました。
あの俳優さんも、かなり舞いあがっていたんでしょうね。
完全に言葉がすべってました。

また有名なある俳優さんも、被災地へのメッセージとして、
宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」を朗読していました。
彼もまた「雨ニモ負ケズ」という字面に騙されてたんでしょう。

あのメモは、賢治が自らの生き方を記したもので、
平常時でも普通の人が出来るような内容ではありません。
熱心な法華経の信者である賢治であればこその過酷な生き方であって、
結局賢治自身身体を壊し、肺結核で死ぬことになります。

そんな生き方を、こともあろうに被災地へのメッセージにするなんて、
わかってないなあと私は嘆いていました。
かなりスベってますね。

これが福島第一原発に関しての発言となると、
見るも無残な発言が飛び出して来ます。

専門家という奴は、まともな言葉の使い方を知らないのでしょうか?
いまのような非常時には聞きたくないスタイルの言葉でしか語れない人たちのようです。

まずは次の動画をご覧ください。

勝間和代さんて方は、以前から話題になっていますので、いちおう私も注目はして来ました。
何かいい話があったらみなさんにも紹介したいと思って、いろいろ目を通して来ましたが…
お勉強が好きなクラスでよく出来る女の子、というくらいのイメージだったので、
このブログではスルーしてきました。

しかし、この人も無げな原発擁護発言は何なのでしょう?
いま原発周辺の人々が故郷を捨てなければならない事態に直面していることは彼女の眼には全然入っていないようです。

それを大きく取り上げているマスコミも、「人が死んでいるわけでもない」のに、
騒ぎ過ぎなのだそうです。

放射能だってマスコミで騒ぐほど怖くないものであり、
チェルノブイリの事故のときだって小児ガンがいくらか増えた程度で、
それほど人が死んでいるわけではないそうです。

5人程度人が死んだり、小児ガンにかかるのも「たいしたことはない」と感じる彼女の感覚は独特なものがあると思います。
人の生死の評価まで「数値」を元にして考えるのが経済学というものなのかもしれないが、
実際は、数値を元にして評価を下すのは人間であり、
評価の仕方に問題があると思います。

勝間和代さんは中部電力の原発推進のテレビCMに出演しているようですが、
多額の出演料が彼女の発言を左右しているということはないのでしょうか?
言論にたずさわる者が最も自制すべき点を、彼女は踏み越えてしまっていると思います。

今回の原発報道では、電力会社から研究費が出ている大学の教授たちが、
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」とテレビを通じて発言しまくっていましたが、
ちっとも大丈夫じゃないことがはっきりしてしまった最近では全然見かけなくなってしまいました。

こんな電力会社の太鼓持ち報道を垂れ流すマスコミもとても問題だと思います。
ネットのデマを批判している場合じゃない。
テレビ局各社はしっかり反省し、検証報道をすべきでしょう。